Japan KYUSHU Tourist  ジャパン九州ツーリスト株式会社

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Kyushu Travel Guide

北九州の魅力通信の創刊号を発行しました。

北九州の魅力通信創刊号発行に当たって

ジャパン九州ツーリストでは、北九州の魅力を紹介する産業観光を始めとする
様々なツアーを行っております。
太古の昔から多くの人々が生活を営んでいる、自然豊かで住みよいまち、
明治維新後沢山の産業が生まれ日本の産業近代化の礎をつくったまち、
現在世界の環境をリードしている環境未来都市・北九州市。
そんな北九州の知られざる世界を様々な角度から紹介する「北九州の魅力通信」を
定期的に発行し、多くの皆さんに北九州の魅力をお伝していきたいと思います。

創刊号の内容を下記に示しますのでご覧ください。


●北九州から世界遺産を!

明治日本の産業革命遺産
日本は、日本は、幕末から明治期にかけて、西洋地域以外の地域において初めて、
かつ極めて短期間のうちに近代工業化を果たし、飛躍的な発展を成し遂げました。

「明治日本の産業革命遺産」は、製鉄・製鋼、造船、石炭産業の発展を中心に据え、
現存する歴史的な建造物や土木構造物、遺跡などの物的証拠により、
日本の産業化が世界史的観点から極めて重要であることを証明する遺産群です。
構成遺産は、九州・山口県を中心に、静岡県や岩手県を含む8県11市に分散して
立地しています。

 

構成遺産群

1.北九州エリア 官営八幡製鐵所 (福岡県北九州、中間市)
 ①旧本事務所 ②修繕工場 ③旧鍛冶工場 ④遠賀川水源地ポンプ室 (中間市)
2.萩エリア (山口県萩市)
 ①萩反射炉 ②恵美須ヶ鼻造船所跡 ③大板山たたら製鉄遺跡 
 ④萩城下町 ⑤松下村塾
3.      鹿児島エリア(鹿児島県鹿児島市)
 ①旧集成館 ②寺山炭窯跡 ③関吉の疎水溝   
4.佐賀エリア (佐賀県佐賀市)①三重津海軍所跡創刊号 
5.長崎エリア (長崎県長崎市)
 ①小菅修船場跡 ②長崎造船所第三船渠 
 ③長崎造船所ジャイアント・カンチレバークレーン ④長崎造船所旧木型場 
 ⑤長崎造船所占勝閣 
⑥高島炭坑 ⑦端島炭坑 ⑧旧グラバー住宅
6.三池エリア (大牟田市、熊本県荒尾市、熊本県宇城市)
 ①宮原坑 ②万田坑 ③専用鉄道敷跡 ④三池港 ⑤三角西(旧)港
7.韮崎エリア 静岡県伊豆の国市 ①韮山反射炉
8.釜石エリア 岩手県釜石市 ①橋野鉄鉱山・高炉跡


●日本の産業発展物語 なぜ八幡に官営製鐵所が建設?

全国で17ヶ所の候補地、その中に北九州が3ヶ所

富国強兵のため、政府は1895年(明治28年)製鐵所建設の予算が国会で承認された。
そして、1896年に政府によって日本全国から17ヶ所の候補地が選ばれた。
(北九州から3ヶ所)
青森、釜石、塩釜、千葉、品川、鶴見、静岡、和歌山、尾道、呉、大竹、梅田、
大里(門司区)
板櫃(小倉北区)八幡(八幡東区)、大牟田、長崎。
各候補地とも積極的な誘致活動を展開した。

門司の大里が第一候補地となる
 
  第一候補地の大里           八 幡

大島道太郎が候補地決定の責任者となり、調査団を率いて候補地を調査した。
その立地の条件は、①広大な建設用地が安価で得られること
②海上・陸上の交通の便がよいところ ③原料と燃料が得やすいところ。
厳選な調査の結果、北九州の全ての候補地と呉の4ヶ所に絞られる。
原料と燃料入手の点で呉は落ちて、北九州の三村が残る。
その中で、大島は、石炭に入手には洞海湾(八幡)だが、
若松港の水深が浅く到底大型船を出入りさせることができないと、
一旦は「大里第一」とした。
 
   第一候補地の大里          八 幡

大里は、筑豊炭田を背後に持ち、アシが生い茂る湿地帯が多い土地、
海陸の交通条件に優れ、
八幡が足元に及ばない人口を抱えていた。
更に、江戸時代に村の一角から鉄鉱石と銅鉱石が採掘されていた。
安川敬一郎のよる誘致活動が功を奏し、八幡に決定! 
これに対して、若松築港会社会長の安川敬一郎は、水深を深くすれば
大里に勝ると確信し、起死回生の政治工作を行う。
旧黒田藩主・金子堅太郎、岩崎弥太郎、渋沢栄一の同意を得、渋沢栄一と
後の長官和田維四郎を通じて、大島と長官山内堤雲の説得を依頼した。
こうした安川敬一郎の運動が功を奏し、用地買収担当の製鉄所事務次官に
八幡出張の辞令が出された。
 
   安川敬一郎       芳賀種義村長
そして八幡村の芳賀種義村長が「八幡村に製鉄所を日本の鉄づくりは八幡から」と
熱心に村民を説得し、100万m2もの広大な土地を地価の半値で売り払うことに協力した。
 こうした後、1897年 官営製鐵所の場所が八幡に決定した。
そして、1901年に東田第一高炉が火入、日本の近代製鉄の幕が開いた。
 
 
安川敬一郎の功績
安川敬一郎
は筑豊炭田の有力炭鉱であっただけでなく、その政治的・経済的人脈を
通して、
八幡に製鉄所を立地に決定的な役割を果たした。
更にそれから、中国革命の父・孫文とも関わりを持ち、幅広い事業を展開していった。
技術者養成のため、明治専門学校(現九州工業大学)をつくり、明治紡績、
安川電機、
九州製鋼や黒崎窯業など数多くの会社を設立し日本の産業近代化に
大きく貢献した
偉人の一人である。


●知られざる北九州の顔
お城の数が多いまち なんと50城 
多分日本一

かつての北九州市は豊前の国と筑前の国から成っていました。
1615年の一国一城令以前はなんと50ものお城が北九州に存在していました。
多分その数では日本一ではないかと思います。
豊前の国が35城、筑前の国が15城。一国一城令以降は多くの城が破壊され、
天守閣は小倉城がだけとなる。
皆さんの近くには、どのお城がありますか。
 
         小倉城                門司城

【豊前の国】 35城
 天賀城(戸畑区菅原)塔ヶ峰城(小倉南区井手浦)虹山城(小倉南区蒲生) 
貫城(小倉南区貫 別府)朽網城(小倉南区朽網)稗畑山城(小倉南区高津尾) 
山本城(小倉南区山本)椎山城 (小倉南区志井)長尾城(小倉南区長行) 
長野城(小倉南区長野)海老野城(小倉南区頂吉)水上城(小倉南区頂吉)
大山ヶ岳城(小倉南区辻三)小山ヶ岳城(小倉南区辻三)赤松城(小倉南区道原) 
高畑山城(小倉南区道原)堀越城(小倉南区堀越)福相寺城(小倉南区堀越)
木下城(小倉南区木下)小倉城(小倉北区城内)㉑足立城(小倉北区足原)
㉒若王子城(小倉北区富野)㉓引地山城(小倉北区都) 
㉔吉川城(八幡東区大蔵)㉕三角城(八幡東区田代)㉖猿喰城(門司区猿喰)
㉗伊川城(門司区伊川)㉘寒竹城(門司区吉志)㉙金山城(門司区黒川)㉚丸山城(門司区大積)
㉛柳城(門司区大里)㉜陣山城(門司区畑)㉝三角山城(門司区門司)㉞門司城(門司区門司字子城山)
㉟東明寺城(門司区東門司)
 
【筑前の国15城
高塔山城(若松区修多羅)②若松城(若松区中島)花房城(若松区畠田)
黒埼城(八幡西区屋敷) 花尾城(八幡西区熊手花ノ尾)
市ノ瀬城(八幡西区市瀬)帆柱山城(八幡西区市瀬)竹ノ尾城(八幡西区上上津役)
浅川城(八幡西区浅川) 畑城(八幡西区畑)本城城(八幡西区本城)岡田浦城(八幡西区里
多良倉城(八幡東区大蔵)篠谷城(八幡東区大蔵)


●ふるさと偉人紹介 石原宗祐 
 50歳で猿喰新田、94歳で曽根新田を完成
江戸時代に、大里村の庄屋だった石原宗祐は相次ぐ飢饉から村人を助けるために、

自分の財産を使い、宝暦七年(1757年)に猿喰新田建設に着手した。
3年間かけて周防灘に突き出た2つの岬を繋いで堤防をつくり、
海の水をせき止めて干拓した。この時石原宗祐は50歳。
 
         猿喰新田               汐抜き穴
その後、干拓地から塩分を取り除く、特殊な汐抜き穴をつくり、あぜ道や用水路
そしてため池をつくり着工から9年の歳月をかけて、米づくりの出来る田んぼが完成した。
その田んぼは今もなお使われ、秋には美味しい猿喰米が収穫され、最近では甘酒もつくられている。
その後、石原宗祐は85歳の時、幕府から曽根新田つくりを命じられ、
9年の歳月をかけて完成させた。その時なんと94歳であった。 
98歳で亡くなり、今は猿喰の自宅から200年以上前と変わらぬ
猿喰新田を見つめ続けている。


次回号は5月に発行予定です。

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