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太宰府 & 宇美の魅力再発見

太宰府は福岡市の南東約16キロメートルに位置した人口約7万人の都市です。

約1300年前、九州全体を管轄する「大宰府」という大きな役所が置かれ、約500年の長い間、

その役割を果たしてきたところです。

宇美は太宰府に隣接するまちで、神功皇后が応神天皇を出産されとされる宇美八幡宮があります。

 


 

太宰府天満宮

大宰権帥として大宰府に左遷され、この地で亡くなった菅原道真をまつる。学問の神として

有名です。本殿はその墓所の上に建立され、現在の本殿(重要文化財)は1591年の再建である。

広い境内ではクス、梅、花しょうぶが四季折々の香りを漂わせる。正月にはうそ替え・鬼すべ、

春には曲水の宴、また秋には神幸式などの神事・祭事が執り行われます。

 

 

太宰府天満宮参道 スターバックス


 

九州国立博物館

歴史系博物館として、2005年に太宰府天満宮裏で、同宮所有の丘陵地に設立されました。

九州が日本におけるアジア文化との交流の重要な窓口であった歴史的かつ地理的背景を踏まえ

「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える博物館」を基本理念に、旧石器時代から近世末期

(開国)までの日本の文化の形成について展示しています。


 

太宰府政庁跡

平城京、平安京に次ぐ、外国との交渉の窓口となる役所(大宰府)の跡

7世紀後半、大和朝廷は那の津の宮家(みやけ)をここに移し、奈良・平安時代を通して九州を治め、

我が国の西の守り(防衛)、外国との交渉の窓口となる役所(大宰府)とした。万葉集には”遠の朝廷と

詠まれ、その規模をしのばせる立派な礎石が残り、そこを中心に門や回廊、周辺の役所跡等が整備

されて、現在は公園となっています。(国の特別史跡)


 

坂本八幡宮

「令和」の引用元の万葉集の歌が詠まれたとされる場所・坂本八幡宮。

大伴旅人は730年(天平2)正月13日に自宅で役人らを招き、梅の花を題材にした歌会

「梅花の宴」を開きました。そこで詠まれた三十二首の序文

「 初春の令月にして、 気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫ず」から

新元号の「令和」が選ばれました。

 

 

宝満宮竈門神社

鬼滅の刃の発祥の地ともいわれている神社

大宰府政庁の北東に位置し、宝満山の山頂に上宮、山麓に下宮が鎮座し、鬼門を守るとされています。

現在では、縁結びの神として知られ、下宮境内では、春には桜、初夏にはシャクナゲ、そして秋には

紅葉が四季折々の彩りを添えています。


 

宇美八幡宮

神功皇后が三韓征伐かの帰途に応神天皇を出産されたといわれる地です。

神社は敏達天皇の時代(572年~586年)に創建されたといわれています。

境内には、助産師の始祖が祭られている「湯方社」、応神天皇の産湯に使ったとされる

「産湯の水」、神功皇后が出産された際につかまったとされる「子安の木」など

 


 

太宰府の地図

 


 

 

太宰府天満宮

大宰権帥として大宰府に左遷され、この地で亡くなった菅原道真をまつる。学問の神として

有名です。本殿はその墓所の上に建立され、現在の本殿(重要文化財)は1591年の再建である。

広い境内ではクス、梅、花しょうぶが四季折々の香りを漂わせる。正月にはうそ替え・鬼すべ、

春には曲水の宴、また秋には神幸式などの神事・祭事が執り行われます。

 

太宰府駅から続く参道は、軽食やお茶を楽しめる飲食店や土産物店が軒を連ね、賑やかな

雰囲気です。

 

 

スターバックス


 

 

 

曲水の宴

  

 

坂本八幡宮

「令和」の引用元の万葉集の歌が詠まれたとされる場所・坂本八幡宮。

大伴旅人は730年(天平2)正月13日に自宅で役人らを招き、梅の花を題材にした歌会

「梅花の宴」を開きました。そこで詠まれた三十二首の序文

「 初春の月にして、 気淑く風ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫ず」から

新元号の令和が選ばれました。

 

 

 

 

 

 

太宰府政庁跡

平城京、平安京に次ぐ、外国との交渉の窓口となる役所(大宰府)の跡

7世紀後半、大和朝廷は那の津の宮家(みやけ)をここに移し、奈良・平安時代を通して九州を治め、

我が国の西の守り(防衛)、外国との交渉の窓口となる役所(大宰府)とした。万葉集には”遠の朝廷と

詠まれ、その規模をしのばせる立派な礎石が残り、そこを中心に門や回廊、周辺の役所跡等が整備

されて、現在は公園となっています。(国の特別史跡)

 


 

 

 

 

九州国立博物館

歴史系博物館として、2005年に太宰府天満宮裏で、同宮所有の丘陵地に設立されました。

九州が日本におけるアジア文化との交流の重要な窓口であった歴史的かつ地理的背景を踏まえ

「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える博物館」を基本理念に、旧石器時代から近世末期

(開国)までの日本の文化の形成について展示しています。

 


 


 

宇美八幡宮

神功皇后が三韓征伐かの帰途に応神天皇を出産されたといわれる地です。

神社は敏達天皇の時代(572年~586年)に創建されたといわれています。

境内には、助産師の始祖が祭られている「湯方社」、応神天皇の産湯に使ったとされる

「産湯の水」、神功皇后が出産された際につかまったとされる「子安の木」など安産に

関する言い伝えが数多く残っており、多くの方が安産祈願に訪れています。

これらの安産信仰にまつわる言い伝えは、「宇美八幡宮の安産信仰に関する伝説地」として

福岡県有形民俗文化財に指定されています。「宇美」の地名も「産み」に由来するものです。

 


 

入口の鳥居

 

應神天皇御降誕地

参 道


 

神殿 本殿入り口

本 殿

本 殿


 

湯蓋の森 国指定天然記念物 

素晴らしい老大樟で、「衣掛の森」とともに神社のシンボルである御神木です。
社殿に向かって右側にある老樹で、様々な人生儀礼を今日まで見守ってきた巨樹は、

樹齢2000年以上とも推定されています。


 

子安の石

安産祈願を終えた妊婦が“お産の鎮め”として此処の石を預かって持ち帰り、目出度くご出産の

暁には、別の新しい石にお子様の名前等を記して健やかなる成長を願い、安産御礼(初宮詣)の

御祈願にてお祓いの後に、預かった石と一緒お納めするのが慣しとなっています。


 

衣掛けの森 国指定天然記念物

「衣掛の森」は素晴らしい老大樟で、「湯蓋の森」とともに神社のシンボルである御神木です。
社殿の左側にある老樹で、様々な人生儀礼を今日まで見守ってきた巨樹は、樹齢2000年以上とも

推定されています。神功皇后が産衣を掛けたことから「衣掛の森」という名がつきました。


 

産湯の水

「應神天皇御降誕の時、此の水を産湯に用い給いしより今に至るまで妊婦拝受して

安産を祈る。」と伝えられています。


 

胞衣ヶ浦

應神天皇の胞衣(えな)は、産舎の後なる川(宇美川)にてすすぎ、筥に入れて山(胞衣ヶ浦)

に奉安したとされ、その地を「胞衣ヶ浦」と称し、祠を建てお祀りしています。


 

宝満宮竈門神社

鬼滅の刃の発祥の地ともいわれている神社

大宰府政庁の北東に位置し、宝満山の山頂に上宮、山麓に下宮が鎮座し、鬼門を守るとされています。

現在では、縁結びの神として知られ、下宮境内では、春には桜、初夏にはシャクナゲ、そして秋には

紅葉が四季折々の彩りを添えています。

 

宝満宮竈門神社が「鬼滅の刃」発祥の地・聖地といわれる理由は、いくつかあります。一つは、

炭次郎や禰豆子の苗字と同じ「竈門」が神社名であること。また宝満宮竈門神社は、大宰府政庁の

鬼門除けとしてお祀りされたと言われています。これは、鬼滅の刃の鬼退治と方向性が似ています。