Japan KYUSHU Tourist  ジャパン九州ツーリスト株式会社

We are the specialist’s for travel and tours in Kyushu, Japan
warmly welcoming customers from all over the world.

九州を旅行する日本人をはじめとする、世界中の人たちの旅行会社です

TEL +81 93-521-8897
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北九州の産業観光

日本の近代製鉄所の場所を決め時、全国で17の候補地がノミネートされ、その中に北九州の

大里、板櫃そして八幡の3ヶ所が含まれました。そして最終的には八幡に決まり、1901年

(明治34年)に日本の近代製鉄がこの地で創業を開始しました。八幡製鐵所誕生の歩み

そしてそれから製鉄以外でも、機械、化学や窯業をはじめ、関連産業も含めて多くの

産業がこの地で生まれ、日本の産業近代化に大きく貢献したところで、

まさに産業観光の宝庫です。 

近代の北九州の歴史は日本の産業近代化に貢献した北九州の歩み」をご覧ください。

 

当社は北九州の産業や環境に精通していますので、産業観光のことはお任せ下さい。

お客様のご要望により、北九州地域の工場見学をアレンジします。

ツアーを企画し、訪問先の予約から、貸切バスの手配、食事場所のアレンジから

産業観光ガイドまで行います。 

 


 

お勧めの産業観光の場所

 

日本製鉄㈱ 九州製鉄所 八幡地区(戸畑)

1901年に操業を開始した銑鋼一貫製鉄所で、日本の産業近代化に貢献した

企業で、2012年に住友金属工業が合併し、新日鐵住金㈱となり、2019年の

社名変更で現在は日本製鉄株式会社となりました。最終製品は自動車鋼板、

ジュース缶、食缶用ブリキ、建設用スパイラル鋼管新幹線や列車にレール、

変圧器などに使われる電磁鋼板、ステンレス厚板。

工場見学は、高炉工場と熱延工場の2ヶ所です。


 

安川電機

産業用ロボットやサーボやインバーター、更には製鉄用の制御装置を製作

している会社です。創業は大正4年(1915年)、創業者である安川敬一郎が、

息子・健次郎(松本)・清三郎・第五郎とともに設立した合資会社

安川電機製作所が始まりです。見学は、最先端技術を駆使した未来の

ロボットに出会う安川電機みらい館と世界最新鋭のロボット工場です。


 

TOTO

トイレ、洗面器などの衛生陶器のシェア日本一(6割)の会社です。
ユニットバスはTOTOが最初に発売し、又ウォシュレットや節水型

トイレでも世界最先端の技術を誇ります。燃料となる石炭が豊富で

天草陶石などの原産地に近く、製品を輸出する際の船積に好適な

門司港が近くにあることから小倉に工場を建設されました。

工場見学は、TOTOミュージアムとTOTO第一工場です。


 

シャボン玉石けん

1910年(明治43年)に「森田範次郎商店」として創業を開始し、1974年

(昭和49年)以前は合成洗剤の製造販売を行っていた。現在は、

酸化防止剤、着色料、香料や合成界面活性剤を使用せず、良質な天然油脂

から昔ながらの釜炊きケン化法で石けんを製造する、全国随一の無添加

石けん専門メーカーです。


 

ホリカワ

ものづくりの現場で、なくてはならないのが「産業の命綱」ワイヤロープ。

高品質なワイヤロープを安全に使って頂くために、端末加工について

たゆまぬ研究と技術の鍛錬を日夜行っている会社です。ワイヤーロープが

どのように使用されているかのビデオ視聴と、1本1本を大切に製作している

職人技の見学します。

住所:北九州市戸畑区牧山海岸2番8号


 

トヨタ自動車九州

レクサスを生産する専門工場、従業員一人ひとりが日々改善

(KAIZEN)を行っている、日本を代表する企業です。

 シアターウイング21で車の製造工程の映像を見たあと、実際に

組立工場を見学します。


 

洞海湾クルーズ

かつて筑豊の石炭が遠賀川と堀川を介して洞海湾へ運ばれました。

その時代から、洞海湾で日本の産業発展の物語が繰り広げられました。

そこにある工場群と自然の山々が調和した北九州の絶景を望める

洞海湾クルージングをたにしみませんか。

夜景クルーズも行っています


 

その他お勧めの企業、施設

・安田工業

・九州電力 新小倉発電所

・九州製紙

・西日本ペットボトルリサイクル

・日産自動車九州

・ニッスイパイオニア館

 

上記以外でもアレンジできますので、気軽にお申し付け下さい。

 


 

北九州の地図

 


 

お問合せ・お申込先 

ジャパン九州ツーリスト株式会社

福岡県知事登録旅行業 第3-688号

電話 093-521-8897   FAX 093-521-8898

Email info@japan-kyushu–tourist.com
〒802-0001 北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6階

 


 

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環境未来都市・北九州市

日本の産業が始まったまち、その後常に産業の先頭を走りながら、日本の産業近代化に
大きく貢献したまちで、現在は環境モデル都市・北九州市です。
今我々は、地球温暖化をはじめとして大きな環境問題に直面しています。
その問題にみんなで取組むために、北九州での取組等を紹介します。

 


 

北九州市エコタウンセンター

北九州市では、これからの「資源循環型社会」を目指して、リサイクル工場や研究施設などを
集め、環境と調和したまちづくりを行う「北九州エコタウン事業」に取り組んでいます。
北九州市エコタウンセンターは、エコタウンを支える情報センターとしての役割を担い、
エコタウンでの取組みの紹介等を通じて、環境学習や交流活動に積極的に利用して
いただくための施設です。


 

響灘ビオトープ

響灘を廃棄物処分場として埋め立てた敷地に自然発生した自然の楽園・響灘ビオトープ。

整地されていない埋立地に雨水が溜まって湿地ができ、鳥などが運んできた植物の種から

木が自生し、環境省の絶滅危惧種(鳥類レッドリスト絶滅危惧IB類)に指定されている

チュウヒをはじめとする237種の鳥類や、284種の植物などが確認されている生態系を守る

ため全体(約41ha)のうち約7haが公開されています。

 

 


 

響灘風力発電

北九州市は、「世界の環境首都」を目指し、環境にやさしいクリーンエネルギーの積極的な

導入を進めています。響灘風力発電施設は、響灘に面する日本初の港湾地区にあります。

現在10基の風車が稼動しています。高さ65mの塔に直径75mの大きな羽根が付いており、

その景観は圧巻です。発電規模は、3,500万kwh、約10,000世帯分の年間電力消費分です。

     

 

環境ミュージアム

世界の環境首都を目指す北九州市が整備する『市民のための環境学習・交流総合拠点施設』です。

今日、地球温暖化や廃棄物問題をはじめとして、様々な形で環境問題が急速に深刻化しています。

その原因の多くは、人間一人ひとりの日常生活の積み重ねにあります。環境にやさしい持続的な

社会を実現するためには、学校、企業、市民、市民団体、行政それぞれが主体となり、相互に

連携して取り組んで行かなくてはなりません。


 

曽根干潟

曽根干潟は、北九州市小倉南区の東側に広がる市内最大の干潟で、面積は517haあります。
背後の曽根新田地区とあわせて市内でも有数の野鳥の宝庫として知られています。

特に、世界的にも数が少なくなっている「ズグロカモメ」の日本でも有数の越冬地と

なっています。また、2億年前からその姿をほとんど変えずに生きてきたことから、『生きた化石』

とも呼ばれているカブトガニの生息地ともなっています。環境省のレッドデータブックに指定

されていることから、ラムサール条約に曽根干潟が登録されることを目指す動きがあります。

 

 

若松北海岸・遠見ヶ鼻

若松北海岸は、玄海国定公園の始まりの場所です。その中で、最も眺望が美しいところが

遠見ケ鼻です。妙見埼灯台があり、いかにも荒海の岬といった感じです。江戸時代には

遠見番所が設けられ、沖の密貿易船、難破船、外敵等の異変に備えていました。
灯台の立つ断崖から見下ろす海の色、沖の島々、しま模様を描いた岩肌など見応えが

十分です。この景色は環境未来都市・北九州を代表する自然の美の一つです。


 

北九州の地図

 


 

北九州市エコタウンセンター

全国初のエコタウンセンターとして、2001年(平成13年)6月開所しました。
北九州市では、これからの「資源循環型社会」を目指して、リサイクル工場や研究施設などを
集め、環境と調和したまちづくりを行う「北九州エコタウン事業」に取り組んでいます。
北九州市エコタウンセンターは、エコタウンを支える情報センターとしての役割を担い、
エコタウンでの取組みの紹介等を通じて、環境学習や交流活動に積極的に利用して
いただくための施設です。

全国各地から視察が相次ぐなか、リサイクル工場や研究施設の視察受付・案内を行っています。
センター内では環境・リサイクルに関する技術、製品の展示やパネルによる北九州エコタウン
事業の紹介を行います。また、環境学習、交流活動、研究活動に利用していただくための
施設を提供しています。

 


 

基本情報

・住 所 北九州市若松区向洋町10番地20
・アクセス

車の場合:若戸大橋より約10分

JRの場合

JR戸畑駅:北九州市営バス「戸畑駅」⇒(約30分)⇒

「エコタウンセンター」下車 徒歩約1分

JR若松駅:北九州市営バス「若松市民会館前」⇒(約30分)⇒

「若松営業所」下車徒歩約10分

・料 金 無料
・営業時間 9:00〜17:00
・定休日 日曜・祝日・年末年始(12月29日〜1月3日)

 

北九州市エコタウンセンター周辺地図

 


 

赤煉瓦プレイス

旧サッポロビール九州工場の赤煉瓦建物などを保存活用した貴重な歴史的建造物です。

門司麦酒煉瓦館は旧工場事務所を改装し、ビールの歴史と門司麦酒工場・九州工場の沿革の

ほか、ビールの製造や原材料・缶・ビンのリサイクルについての解説展示を行っています。

門司麦酒煉瓦館をはじめ、現在残る醸造棟・旧組合棟(赤煉瓦写真館)・倉庫跡(赤煉瓦交流館)

4つの建物は歴史的価値を認められ国の有形文化財に登録されています。

 

 

 

旧サッポロビール九州工場の歴史

1912年(明治45年)門司市の合資会社九州興業仲介所代表社員山田弥八郎らが、

当時隆盛を誇った神戸市の鈴木商店の援助を受け、大里町に工場用地を取得し、

帝国麦酒㈱を設立しました。

1913年(大正2年)に帝国麦酒㈱工場が竣工し醸造を開始しまし、「サクラビール」を

発表して、ビール業界への参入を果たしました。

以来、「桜麦酒」『大日本麦酒』「日本麦酒」「サッポロビール」と社名変更、合併、

分割と会社形態の変遷をたどりながらも北九州門司の産業を支え続けてきました。

2000年(平成12年)大分県日田市に新九州工場が竣工され、九州工場は閉鎖となり、

この地における87年間のビール製造の歴史に幕を閉じました。

 

その後、土地区画整理事業として基盤整備を行い、建物の保存し活用されています。

保存された建物群は2007年(平成19年)に国の登録有形文化財に登録されました。

また、2009年(平成21年)に、近代化産業遺産続33(33九州窯業 – 北九州市の

鉱滓煉瓦製造関連遺産)に、門司麦酒煉瓦館・旧サッポロビール醸造棟・赤煉瓦交流館が

認定されました。

 


 

日本の産業近代化に貢献した鈴木商店

門司港は1889年(明治22年)に国の特別貿易港に指定されると、明治後半から

大正時代にかけ、人や貨物を載せ日本と海外を行き来する船が寄港する国際貿易港

として繁栄していきます。事業や販路拡大を願う実業家や貿易商がこぞってこの地を

目指し、三井や三菱などの財閥もこの地に進出を図ります。

門司港が繁栄していく中、わずか数キロ先の門司・大里地区に神戸の貿易商「鈴木商店」

が目を付けて進出してきました。

そして、帝国麦酒(サッポロビール)をはじめ、多くの企業を立上げ、日本の産業近代化に

大きく貢献してきました。

詳細は下記をご覧ください。

 ↓ ↓

鈴木商店

 


 

基本情報 

・住 所 北九州市門司区大里本町 3-11-1
・アクセス

車:JR小倉駅から約15分

公共交通:JR門司駅から徒歩3分

・料 金 【門司麦酒煉瓦館】 大人100円、中学生以下50円
・営業時間 【門司麦酒煉瓦館】9:00~17:00

 

赤煉瓦プレイス周辺地図

 


 

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白野江植物公園

この公園は1952年頃、個人の植物公園 「四季の丘」として開園し、市民に40数年間親しまれて

きました。1993年(平成5年)北九州市が買取り、約3年の年月をかけ公園の整備並びに改修工事を

行いました。1996年(平成8年4月)に「北九州市立 白野江植物公園」として 発足し、

現在に至っています。  

 


 

2021年1月16日


 


 

2021年2月13日

気候も良くなり、寒桜や河津桜も咲き始めました。

梅の花、チューリップそして菜の花もきれいです。

 

休憩室の日本家屋ではひな人形が飾ってあります。


 

2021年3月26日

例年より気温が高く、今年の桜の開花はいつもより早くなりました。

ちょうど、見ごろでした。

  


 

基本情報

・住 所 北九州市門司区白野江2丁目
・開園時間 9:0017:00
・入場料 大人300円 小中学生150円
・アクセス 九州自動車道 門司ICから車で15分
北九州都市高速 春日ICから車で10分
JR門司港駅からバスで20分:西鉄バス 白野江二丁目から徒歩で2分

 

白野江植物公園周辺(門司)の地図

 


 

河内貯水池

八幡製鐵所の第三次拡張工事での水源地拡張対策の一環として1919年大正8年)に竣工し
8年の歳月をかけて、延90万人の人々の手で1927年昭和2年)に完成しました。
その総指揮者が、土木技師の沼田尚徳
当時は東洋最大級のダムで、「土木は悠久の記念碑」という
ヨーロッパの土木哲学を具現化すべく英知と情熱を注いだ大事業です。
河内貯水池は近代化産業遺産としての価値だけでなく、北九州のエコの原点や未来を見据えた
SDGsの取組みを学ぶことの出来るところです。
 

 

ダムの堰堤

川幅が約10m程度の大蔵川を堰き止めて堰堤を建設し、山を切り開いで貯水池を造りました。

水の貯水量は720万トンで、北九州市民が過程で1ヶ月に使う水の量に相当します。

 

 

 

北九州のエコの原点やSDGsの取組みがここにある

通常のダムの堰堤はコンクリートむき出しの構造となっています。しかし河内貯水池は違います。

河内の山を切り開いた時に出て来た、自然の石を全て再利用しています。大きいものは、

300㎜x400㎜の大きさに加工して、堤に規則正しく積み上げ、工事段階のコンクリートの型枠

として使い、完成後はダムの耐久性を高める機能を有しています。小さな石はコンクリートが

当時高価だったことからコンクリートに混ぜて使用しました。更に、小さな石に至るまで加工して、

手摺も含めて、まるでジグソーパズルのように石が積み上げられています。

100年後の憩いの場所つくりを考えながら、自然を大切にし、自然と調和したダム造りは、まさに

北九州のエコの原点で、更にはSDGsの取組みとも言えます。

 


 

南河内橋

日本でここにしかないレンティキュラートラス橋(レンズ型の橋)です。

沼田尚徳が、欧米出張時に目にした、このデザインの橋が気に入った。八幡製鐵所の自社鋼材を

使って自社の設計で創りあげた自然と調和した優美な橋ですが、乗用車と馬車が1台ずつ通れる

頑強な構造となっています。

 

 

 

白山宮 妻恋の碑

沼田尚徳の大事業の成功の裏の悲しみの出来事、それは事業開始と共に始まりました。

河内貯水池着工の前年に、次女と父を亡くし、その後3人の娘と3男も亡くなった。そんな中

明るい笑顔で支えてくれたのが妻泰子夫人でした。だが最愛の泰子も河内貯水池の完成間際に

猩紅熱でこの世を去りました。

河内貯水池が完成後、白山宮の参道に隣接した土地を自費で買い求め、妻への感謝と哀悼の想い

をこめて「妻恋の碑」を建てました。

 


 
遠 想
河内貯水池の堰堤を見下ろす小高い場所にヨーロッパの古城を模したと言われる
管理事務所が建っています。その出入り口に沼田尚徳の「遠想」の言葉を刻み込んだ石の
掲額が残されている。ここから河内貯水池を静かに見下ろしながら、遠く未来の想いを
馳せているに違いない。その未来の姿はどのようなものであったのであろうか。
それは百年経った今でも人々の潤し続ける河内貯水池の姿、そして彼が残した礎の上に
いつまでも成長を続ける日本の未来だったのではなかろうか。
 

 

   管理事務所

      遠 想 

   沼田尚徳が描いた姿


 
河内貯水池の裏側に秘められた物語は、下記をクリックしてご覧ください。
 

 
基本情報
・住 所 北九州市八幡東区河内一丁目
・アクセス

西鉄バス「上重田」より徒歩約12分
車の場合:北九州都市高速 大谷IC 又は山路ICより約15分


 

河内貯水池周辺の地図

 


 

西日本工業倶楽部(旧松本家住宅)

現存する洋風住宅の中で最も華麗な建築の一つ

戸畑の夜宮公園の南隅の鬱蒼とした松林の中に溶け込むように邸宅の門を構える
アール・ヌーボーの館と称され、国の重要無形文化財に指定されています。
 
旧松本家住宅は、炭鉱主・実業家の松本健次郎が自分と家族の住宅と明治専門学校(父安川敬一郎と
ともに創立した学校で現在の九州工業大学)の迎賓館を兼ねて建てたものです。
洋館と日本館を併せ持つ典型的な明治時代の上流住宅で、設計は東京駅や日本銀行の設計で
名高い辰野金吾によるもので、1912年(明治45年)に完成しました。
 
 

 
洋館は建坪1,100m2の木造二階建・スレート葺、日本館は建坪730m2で木造一部二階建
瓦葺で、洋館とは渡り廊下で繋がっています。
 
洋館の一階には大広間(162m2)が、客室、食堂、書斎など大小7室(延208m2)が
配置され、大広間から階段室を経て二階へ上がります。
二階は階上広間を囲むようの大小7室(208m2)の寝室と和洋座敷3室
(18畳、9畳、8畳)が配置されており附庇及び突起部には内玄関、厨房などがあります。

 


 

歴 史
1908明治41年)洋館および日本館の建設着工

・1912年(明治45年)旧松本家住宅完成 戦後進駐軍に接収されるまで
     松本家の住宅および迎賓館として利用
接収後1952昭和27年)独身将校用の宿舎となる
1952年(昭和27年)西日本工業倶楽部の設立を受け松本氏から同倶楽部に譲渡
・1972年(昭和47年)洋館・日本館が国の重要文化財に指定
・1982年(昭和57年)2棟の蔵が国の重要文化財に指定
・2007年(平成19年)近代化産業遺産に認定

 


 

基本情報

・住 所 北九州市戸畑区一枝 1-4-33
・アクセス 車:JR小倉駅から約15分

 

西日本工業倶楽部周辺地図

 

くろがね線

戸畑と八幡を結八幡製鐵所の専用鉄道

八幡製鐵所は、戸畑で操業していた東洋製鐵と1921年に合併した当時から、戸畑地区で生成する
熔銑を船舶で八幡へと輸送していたが、海上輸送のリスクと不経済性が指摘されていた。

一方八幡地区では、高炉の溶銑をつくるときの副産物である鉱滓(スラグ)の処理が問題化していた。
これらの打開策として建設されたのが、戸畑地区と八幡地区を鉄道で結ぶくろがね線

 

 
くろがね線概要
・八幡地区と戸畑地区を結ぶ、全長6kmの鉄道
・宮田山トンネル:1180m
・レール幅:1067mm(旧国鉄/JR在来線と同じ)
・設計者:河内貯水池建設の総指揮である沼田尚徳
・工期:1927年(昭和2年)起工し、1930年(昭和5年)に完成した。
その工事は全て製鉄所の社員で行っており、中間地点に当たる宮田山トンネルは
出水等に見舞われて難工事だった。
また、宮田山トンネルの洞門は沼田尚徳によって、凝った意匠が施されている。
 

                 戸畑側

                   八幡側

 
・戸畑側入口はローマの古い城壁をかたどったデザイン。

・八幡側入口はギリシャ・ローマの古典を倣ったルネッサンス風

 

 

使用目的
開業当初は戸畑で出来た銑鉄を八幡に輸送し精錬した、一方で八幡で出来た鉱滓を戸畑に

輸送し戸畑地区拡張のための埋立に使われた。
現在では、半製品のスラブ、ホットコイルやレール等の輸送に使われています。

 


 

くろがね線の様子

一枝地区から宮田山トンネルへ

宮田山トンネル戸畑側入口

 

 

宮田山トンネル八幡側入口

トンネルを抜けて八幡へ

 

 

 枝光の県道を渡る架構

 枝光の県道を渡る架構

 今は珍しい、リベット継手


 

琵琶湖疏水の山トンネル東口にも似ている八幡側洞門

 くろがね線 八幡側洞門

 琵琶湖疏水 山トンネル東口

 

このことは、設計者沼田尚徳が琵琶湖疏水の設計者の田辺朔郎の著書の愛読者で、
学生時代に良く目にした琵琶湖疏水を参考にしたのではないだろうか。

 


 

くろがね線周辺地図

 


 

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北九州の観光情報

九州の最北端に位置し、関門海峡を介して本州・山口県を繋がっている交通の要所です。

門司、小倉、若松、八幡、戸畑の5市が合併してできた人口94万人の政令指定都市です。

1889年に門司港が日本で初めて国際貿易港に指定され、1901年に八幡で近代製鉄所が誕生して

以来、日本の産業近代化を牽引してきたまちです。そして現在は世界の環境をリードする

環境未来都市です。

近代の北九州の歴史は「日本の産業近代化に貢献した北九州の歩み」をご覧ください。

 


 

小倉城

小倉のランドマークである小倉城

あまり大きく見えない天主閣であるが、実は全国で6番目の高さです。

1602年から細川忠興が約7年かけて唐造の天守閣を築城し、細川氏の熊本転封の後、1632年に

譜代大名である小笠原忠真が入城し、以後幕末まで小笠原氏が居城した。

   

 

門司港レトロ

門司港が1889年に大陸貿易の拠点として特別輸出港に指定され、この地に多くの産業が生まれ、

ここから日本の産業近代化が始まりました。

また、ノーベル物理学賞受賞のアインシュタインが1922年に初めて来日して、門司港に滞在し

その時に ❝見るもの全てが芸術作品❞と門司港を絶賛しました。

2017年(平成29年)には、門司港レトロを含む関門海峡が関門”ノスタルジック海峡として

日本遺産に登録されました。


 

東田地区

日本の近代製鉄発祥の地で、日本の産業近代化をリードしてきた場所です。

さまざまな歴史を歩み、日本の産業発展に大きく貢献した場所です。

 東田第一高炉

 世界遺産・旧本事務所

  八幡泊地


 

河内貯水池

八幡製鐵所の第三次拡張工事での水源地拡張対策の一環として1919年(大正8年)に竣工し、
8年の歳月をかけて、延90万人の人々の手で1927年(昭和2年)に完成しました。
その総指揮者が、土木技師の沼田尚徳、当時は東洋最大級のダムで、「土木は悠久の記念碑」という
ヨーロッパの土木哲学を具現化すべく英知と情熱を注いだ大事業です。
河内貯水池は近代化産業遺産としての価値だけでなく、北九州のエコの原点や未来を見据えた
SDGsの取組みを学ぶことの出来るところです。


 

若松南海岸

明治時代の初めまでは、普通の漁村にすぎませんでしたが、日本の工業の発展とともに、

石炭の需要が増えていき、石炭の積み出し港として発展していきました。

1898年(明治31年)には若松港が開港し、石炭がどんどんと鉄道を使って若松港に集められ

全国に送っていき、“石炭の町、若松”として日本中に知られていきます。

その当時に立てられた建築物群を中心とした近代港湾都市固有の帯状の都市空間で、石炭景気に

沸いた若松の歴史と発展を伝えるとともに景観的にも美しい地域です。

 

 

皿倉山 

標高622mの山頂から北九州市を一望できる皿倉山。

夜になると、日本新三大夜景にも指定されている、世界一ダイナミックな夜景が楽しめます。

山頂までは、皿倉山登山鉄道のケーブルカーとスロープカーを使えば、山麓駅から山頂駅まで

10分で行くことが出来ます。

また複数の登山ルートが整備されていますので、トレッキングを楽しむこともできます。


 

平尾台 

日本三大カルストと呼ばれ、北九州国定公園に指定されています。

最高峰は北九州市小倉南区の貫山 (712m) でその周辺には400m~600m級の山が点在する。

千仏鍾乳洞、目白洞、牡鹿洞、青龍窟などの鍾乳洞が点在し、大小のドリーネのある

カルスト地形が広がっています。トレッキング等にも最適の場所です。


 

白野江植物公園

1952年頃、個人の植物公園 「四季の丘」として開園し、市民に40数年間親しまれて

きました。1993年(平成5年)北九州市が買取り、約3年の年月をかけ公園の整備並びに改修工事を

行いました。1996年(平成8年4月)に「北九州市立 白野江植物公園」として 発足し、

現在に至っています。  

 

 

環境未来都市・北九州市

日本の産業が始まったまち、その後常に産業の先頭を走りながら、日本の産業近代化に
大きく貢献したまちで、現在は環境モデル都市・北九州市です。
今我々は、地球温暖化をはじめとして大きな環境問題に直面しています。
その問題にみんなで取組むために、北九州での取組等を紹介します。
 

 

北九州の遺産 及び 歴史スポット

 

“関門”ノスタルジック海峡

関門海峡のストーリー性を持った歴史的価値が評価され、2017年(平成29年)に

“関門”ノスタルジック海峡が日本遺産に登録されました。関門地域を空から見下ろすと、

本州と九州とが互いに手を伸ばし、今にも陸続きになりそうな地形が目に入ります。

海峡を挟んだ両岸からは、山々が海にせり出すように対峙し、そこからは大型のタンカー

旅客船が途切れることなく往来する海峡 景観とレトロな近代建築が建ち並ぶ街並みを

望むことができます。


 

部埼灯台

北九州市門司区企救半島の北東端、瀬戸内海周防灘に面した小高い丘にあり、1872年

(明治5年)に竣工した複合低塔型灯台です。日本で12番目に点灯した洋式の灯台で、

「日本の灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントンの指導で建設しました。

この灯台の設置場所は、かつて僧清虚が13年間、焚火を焚き続けて灯台の役目を果たした、

遭難が多かった関門海峡東口で、今も航行の安全を見守り続けています。

 

 

赤煉瓦プレイス

旧サッポロビール九州工場の赤煉瓦建物などを保存活用した貴重な歴史的建造物です。

門司麦酒煉瓦館は旧工場事務所を改装し、ビールの歴史と門司麦酒工場・九州工場の沿革の

ほか、ビールの製造や原材料・缶・ビンのリサイクルについての解説展示を行っています。

門司麦酒煉瓦館をはじめ、現在残る醸造棟・旧組合棟(赤煉瓦写真館)・倉庫跡(赤煉瓦交流館)

の4つの建物は歴史的価値を認められ国の有形文化財に登録されています。

 

 

西日本工業倶楽部(旧松本家住宅)

戸畑の夜宮公園の南隅の鬱蒼とした松林の中に溶け込むように邸宅の門を構える
アール・ヌーボーの館と称され、国の重要無形文化財に指定されています。

旧松本家住宅は、炭鉱主・実業家の松本健次郎が自分と家族の住宅と明治専門学校(父安川敬一郎と

ともに創立した学校で現在の九州工業大学)の迎賓館を兼ねて建てたものです。 

 

 

軍艦防波堤

若松港(現在の北九州港)の長さ770mの防波堤のうち約400mを、駆逐艦「涼月」

「冬月」「柳」の3隻の船体を沈設して作られました。 設置当初は船体そのものが防波堤の

役割を果たしていたが、のちに「涼月」「冬月」はコンクリートで完全に埋設されましたが、

「柳」は船体上部の船体の形を約80mにわたり留めています。軍艦防波堤からの対岸は

日本製鉄 九州製鉄所や若戸大橋、そして皿倉山まで望めます。


 

堀 川

遠賀川の洪水対策として建設が始まった堀川、目的は遠賀川の多くの支流を結んで
洞海湾に流すこと。長年の人々の願い、多くの人々の尽力によって180年の歳月をかけて
完成した堀川、別名・宝川と呼ばれています。完成後は、筑豊で算出した石炭を、川ひらた
(石炭運搬船)で洞海湾に運搬する運河として利用し、日本の産業近代化に大きく貢献しました。
 

 

世界遺産 / 遠賀川水源地ポンプ室

明治日本の産業革命遺産の遠賀川水源地ポンプ室。八幡製鐵所に水を供給するために1910年に稼働を

開始し、100年以上経過した今でも、当時と変わらぬ威厳のある姿のポンプ室から、毎日八幡製鐵所

(現日本製鉄 九州製鉄所)で必要とする水の約70%を休みなく送り続けている製鐵所の心臓部です。


 

くろがね線

戸畑と八幡を結八幡製鐵所の専用鉄道

八幡製鐵所は、戸畑で操業していた東洋製鐵と1921年に合併した当時から、戸畑地区で生成する
熔銑を船舶で八幡へと輸送していたが、海上輸送のリスクと不経済性が指摘されていた。

一方八幡地区では、高炉の溶銑をつくるときの副産物である鉱滓(スラグ)の処理が問題化していた。
これらの打開策として建設されたのが、戸畑地区と八幡地区を鉄道で結ぶくろがね線。

 

 

手向山公園

背後に足立山系を控えた、響灘と関門海峡を望む絶景スポットです。展望広場からは、眼下に

広がる日本製鉄 九州製鉄所の戸畑と小倉の工場群や武蔵、小次郎の決闘「舟島(巌流島)」、

そして関門橋も望むことができます。江戸時代は、小倉小笠原藩の家老宮本伊織の所領地で、

明治から昭和にかけては旧日本軍の砲台地、終戦後は公園になったという歴史があり、

園内では、武蔵・小次郎の碑や探照灯台、砲座跡などの石碑や史跡に出会えます。

 手向山公園 展望広場

 日本製鉄 九州製鉄所

    巌流島と関門橋  


 

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手向山公園

背後に足立山系を控えた、響灘と関門海峡を望む絶景スポットです。

展望広場からは、眼下に広がる日本製鉄 九州製鉄所の戸畑と小倉の工場群や武蔵、

小次郎の決闘「舟島(巌流島)」、そして関門橋も望むことができます。

江戸時代は、小倉小笠原藩の家老宮本伊織の所領地で、明治から昭和にかけては旧日本軍の

砲台地、終戦後は公園になったという歴史があり、園内では、武蔵・小次郎の碑や探照灯台、

砲座跡などの石碑や史跡に出会えます。

4月には、毎年、武蔵・小次郎を偲んで「武蔵・小次郎まつり」が開催されます。

 

  日本製鉄 九州製鉄所 戸畑 

 

 日本製鉄 九州製鉄所 小倉

       巌流島と関門橋


 

 手向山公園 展望広場

   武蔵顕彰碑 

 

  佐々木小次郎の碑


 

基本情報 

・住 所 北九州市小倉北区赤坂4
・アクセス

車:北九州都市高速 小倉駅北ICから約15分


 

手向山公園周辺の地図