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知られざる世界遺産登録の訳
2016/01/04
Blog知られざる世界遺産登録の訳 北九州での、産業近代化がなければ、明治日本の産業革命遺産の 世界遺産登録はあり得なかった 農業や漁業などの一次産業しかなかった日本が、幕末から明治にかけて、 わずか60年の間で第二次産業への急速な産業化を果たしたことが評価された。 その期間では欧米から技術導入をして、産業革命が行われたが、実際は日本の風土や文化に 合わずうまく行ってまかった。 もし、それ以降の日本の産業近代化が進まなければ、今回の世界遺産登録はあり得なかった。 日本の産業近代化を推進し、世界一の工業立国になった礎を築いたところが北九州である。 1889年に門司港が日本で始めて特別輸出港に指定されてから、若松港の建設、筑豊から 若松や門司までの鉄道の建設、そして1901年に日本の近代製鉄が操業を開始し、 それから日本の産業近代化が北九州で始まった。 それを起点に北九州が、常に日本の先頭を走り続け、世界一の工業立国・日本へと牽引してきた。 北九州での産業発展が、明治日本の産業革命遺産の世界遺産登録の決めてと言っても 過言ではない。 ジャパン九州ツーリスト株式会社では、今まで知られていない北九州での産業発展の道のりや 苦難の歴史を紹介していきます。 また、鉄鋼分野については、新日鐵OBが実体験も含めながら紹介していきます。 世界遺産ツアーの実行や北九州の産業の歴史講座なども行っていますので 気軽にお申し付け下さい。 お問合せ (日本語又は英語で対応します) ジャパン九州ツーリスト(株) 福岡県知事登録旅行業 第3-688号 電話 093-521-8897 FAX 093-521-8898 Email info@japan-kyushu-tourist.com 〒802-0001 福岡県北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6階
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日本の戦後の危機を救ったのは八幡製鐵所!
明治日本の産業革命遺産の裏側に秘められた実話。 日本の戦後の危機を救ったのは八幡製鐵所! 昭和20年に全国で12基の高炉が稼働していた。 しかし、戦争の被害や原燃料の欠乏によって、八幡の高炉3基がかろうじて生き残った。 また、八幡も同様に原料炭不足に陥り、操業停止に直面する。 その時危機を救うべく急遽立ち上がったのが従業員、自ら筑豊炭鉱に行って石炭を掘った。 こうした懸命の努力をあり、なんとか生き残った3基の高炉の操業を維持し、 日本の戦後復興につなげて行った。 このような努力がなければ、日本の急速な復興や世界遺産登録もあり得なかった。 また当時炭鉱に行って犠牲になられた方もおられることも忘れてはならない。
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北九州の世界遺産ものがたりツアー
NHKの朝ドラに取り上げて欲しい 4つの『人間ドラマ』を たっぷり紹介する世界遺産ものがたりツアー 明治日本の産業革命遺産が世界遺産登録された訳が北九州にある。 北九州で日本の産業近代化が行われ、日本が世界一の工業立国となった。 その過程で、様々な人間ドラマが繰り広げられた北九州。 このツアーでは、世界遺産も含め、そのドラマの舞台となった場所を巡りながら 知られざる物語を紹介します。 世界遺産・旧本事務所 東田第一高炉 河内貯水池・妻恋の碑 『紹介する物語』 ① 日本の産業近代化を成し遂げた 『北九州苦難物語』 ② 日本のものづくりの原点をつくった 『野呂景義物語』 ③ 100歳まで働いた高炉の神様 『田中熊吉物語』 ④ 内助の功がつくった 『河内貯水池物語』 ●推奨行程 所要時間:6時間 JR小倉駅新幹線口 団体バス駐車場前 出発 小倉駅北IC ==== 都市高速 ==== 大谷IC → 車窓から世界遺産紹介(旧本事務所、旧鍛冶工場、修繕工場) → 八幡泊地 世界遺産・旧本事務所(眺望スペース) → 北九州イノベーションギャラリー → 東田第一高炉 → 昼食 「千草ホテル」又は「ママの餃子」 → 河内貯水池・堰堤 → 河内貯水池・妻恋の碑 JR小倉駅新幹線口 団体バス駐車場前 解散 ●基本条件 ・参加人数: 20~45名 ・交通手段:貸切バス利用 人数に応じて決定 (大型;45人又は49人乗、中型:28人乗、小型:24人) ・出発・解散場所: 北九州市内のご指定の場所 ・食 事: ご希望に応じてアレンジします。 ・料 金: ツアーの条件に従い、お見積りいたします。 お問合せ (日本語又は英語で対応します) ジャパン九州ツーリスト(株) 福岡県知事登録旅行業 第3-688号 電話 093-521-8897 FAX 093-521-8898 Email info@japan-kyushu-tourist.com 〒802-0001 福岡県北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6階
