Japan KYUSHU Tourist | Travel Agency in Fukuoka specializing in Kyushu tours

日本で一番基幹産業に適した場所・北九州

  2021/04/29
  北九州歴史秘話

1901年(明治34年)に日本の近代製鉄が八幡で産声をあげ、北九州が日本の産業近代化に 大きく貢献したことは言うまでもありません。   ではなぜ北九州が、その舞台として選ばれたのか? 先ずは、製鉄所が八幡に決まった経緯を見れば、場所的に優位なことが分かります。   製鉄所建設地の検討   1)全国から17の地域が候補地となる 1896年に政府によって17の地域が候補地として選ばれた。その中の3地域が北九州。 ①青森 ②釜石 ③塩釜 ④千葉 ⑤品川 ⑥鶴見 ⑦静岡 ⑧和歌山 ⑨梅田 ⑩尾道 ⑪呉 ⑫大竹 ⑬大牟田 ⑭長崎 ⑮大里(門司) ⑯板櫃(小倉) ⑰八幡(八幡) 各候補地とも郷土に近代的な製鉄所をと意気込み誘致活動を展開し、 お互いに一歩もゆずらなかった。   2)現地調査の実施 大島道太郎が候補地決定の責任者となり、調査団を率いて候補地を調査した。 その立地の条件は、①広大な建設用地が安価で得られる ②海上・陸上の交通の便がよい ② 原料と燃料が得やすいことが考慮された。 調査の結果、4ヶ所に絞られる。 ①呉(広島県)②大里(門司)③板櫃(小倉)④八幡(八幡)   原料と燃料入手の点で呉は落ちて、北九州の三村が残る。   3)大里が第一候補 その中で、大島は、石炭に入手には洞海湾(八幡)だが、若松港の水深が浅く到底大型船を 出入りさせることができないと、一旦は「大里第一」とした。 大里は、筑豊炭田を背後に持ち、アシが生い茂る湿地帯が多い土地、海陸の交通条件に優れ、 八幡が足元に及ばない人口を抱えていた。 更に、江戸時代に村の一角から鉄鉱石と銅鉱石が採掘されていたことも影響している。   4)八幡の立地に向けての取組 これに対して、若松築港会社会長の安川敬一郎は、水深を深くすれば大里に勝ると確信し、 起死回生の政治工作を行う。 旧黒田藩主・金子堅太郎、岩崎弥太郎、渋沢栄一の同意を得、渋沢栄一と後の長官和田維四郎 を通じて、大島と長官山内堤雲の説得を依頼した。 こうした安川敬一郎の運動が紅を奏し、用地買収担当の製鉄所事務次官に八幡出張の 辞令が出された。        安川敬一郎      芳賀種義   当時の八幡村は、人口2,000人足らずの農業と漁業を営む寒村であった。 製鉄所建設用地確保のため、八幡村の芳賀種義村長が「八幡村に製鉄所を、日本の 鉄づくりは八幡から」と熱心に村民を説得し、100万m2もの広大な土地を地価の 半値で売り払うことに協力してもらった。   5)官営製鐵所が八幡に決定 こうした後、1897年2月6日に「官営製鉄所は福岡県 下筑前国遠賀郡 八幡村に置く」 と公布された。              製鉄所建設前の八幡村   そして、1901年の創業に向けての建設工事が開始される。     製鉄以外の産業が創業 近代製鉄所が八幡で操業を開始し、それ以外の地位でも色んな産業が生まれ 日本の産業近代化がここから始まった。       八幡 & 戸畑      小倉 & 大里      小倉 & 門司 ・1905年 若松石炭協同組合事務所開設(石炭会館) ・1906年 東京製鋼 小倉工場創業 ・1908年 安田工業八幡工場創業、明治紡績&明治鉱業創業 ・1910年 筑豊石炭協同組合直方事務所開設 ・1911年 田村汽船漁業部(ニッスイの前身)創業      出光商会(出光興産の前身)創業、戸畑鋳物(日立金属&日産の前身)創業 ・1913年 鈴木商店関連創業(帝国麦酒、大里硝子製造所、大里酒精製造所) ・1917年 東洋陶器(TOTOの前身)創業、神戸製鋼所門司工場(神鋼メタルプロダクツの前身) ・1918年 小倉製鋼所(住友金属工業、新日鐵住金の前身)創業、      黒崎窯業(クロサキハリマの前身)      山九運輸(山九の前身)創業、鈴木商店日本冶金(東邦金属の前身)創業      明治紡績創業       ホーム サービス 北九州発バスツアー 環境・エコツアー 個人旅行 九州の観光情報 外国人旅行     

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皿倉山からの夜景は世界一

  2021/04/29
  ●スタッフ ブログ

観た人誰もが世界一と絶賛する、日本新三大夜景に登録されている皿倉山からの北九州の夜景。 しかし稲佐山からの長崎の夜景は日本新三大夜景と世界三大夜景にも登録されています。 果して長崎の夜景が北九州の夜景より素晴らしいのでしょうか。その答えは対比すると分かります。 夜景の規模そして光の数と密度が全然違います。 ケーブルカーとスロープカーを使えば、皿倉山山頂まで10分で行けます。 是非世界一の夜景を自分の眼で観に行きましょう。 2021年4月29日

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皿倉山からの夜景は世界一

  2021/06/09
  北九州歴史秘話

  観た人誰もが世界一と絶賛する、日本新三大夜景に登録されている皿倉山からの北九州の夜景。 しかし稲佐山からの長崎の夜景は日本新三大夜景と世界三大夜景にも登録されています。 果して長崎の夜景が北九州の夜景より素晴らしいのでしょうか。その答えは対比すると分かります。 夜景の規模そして光の数と密度が全然違います。 ケーブルカーとスロープカーを使えば、皿倉山山頂まで10分で行けます。 是非世界一の夜景を自分の眼で観に行きましょう。     夜景の比較   北九州 皿倉山の高さ:622m 夜景の領域:幅 40km X 奥行 15km 造りだす光の数:人口100万人以上(下関も含む)       長 崎 稲佐山の高さ:333m 夜景の領域:幅 40km X 奥行 15km 造りだす光の数:人口40万人       ホーム 北九州発バスツアー 環境・エコツアー 修学旅行 個人旅行 九州の観光情報 外国人旅行     

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産業遺産が多い都市・北九州

  2021/05/07
  北九州歴史秘話

北九州市は世界遺産を含む産業関連遺産の宝庫です。 世界遺産に登録された明治日本の産業革命遺産である旧本事務所や遠賀川水源地ポンプ室、 鉄道駅舎として初めて国の重要文化財に指定され門司港駅、製鉄関連の遺産をはじめとした 多くの産業遺産があります。このことは、北九州市が日本の産業近代化に大きく関わっている ことの証明です。そのサイトでは、それらの遺産を紹介して行きます。     世界遺産 / 旧本事務所 1897年(明治30年)に八幡の地に近代製鉄所を建設することが決定されてから、わずか4年で 製鉄所を完成させました。その製鉄所の指令を行うところが本事務所。が外側が赤煉瓦の モダンな建物です。1901年(明治34年)に製鉄所が創業し、富国強兵の基製鉄所が次々と拡張 していきました。そのため、本事務所は手狭になり、その機能は1922年には新しい2代目の本事務所 (枝光)に移りました。その後、初代の本事務所は製鉄製品の研究所や、様々な目的で使用 されました。そして、現在まで日本の産業近代化の歴史を見続けて来た本事務所です。   世界遺産 / 遠賀川水源地ポンプ室 明治日本の産業革命遺産の遠賀川水源地ポンプ室。八幡製鐵所に水を供給するために1910年に稼働 を開始し、100年以上経過した今でも、当時と変わらぬ威厳のある姿のポンプ室から、毎日八幡製鐵所 (現日本製鉄 九州製鉄所)で必要とする水の約70%を休みなく送り続けている製鐵所の心臓部です。   東田第一高炉 ものづくりの息吹を感じる日本の産業近代化の聖地。 世界でここだけ 高炉設備一式が完全な形で保存されているところ! 1901年(明治34年)日本の近代製鉄がここで生まれた。多くの人々の手によって日本の産業近代化の 礎がここで築かれた。そして、日本の産業発展の道程、先人たちの功績を後世に伝えるべく 1972年(昭和47年)まで操業を続けた10代目の東田第一高炉が保存されています。   河内貯水池 八幡製鐵所の第三次拡張工事での水源地拡張対策の一環として1919年(大正8年)に竣工し、 8年の歳月をかけて、延90万人の人々の手で1927年(昭和2年)に完成しました。 その総指揮者が、土木技師の沼田尚徳、当時は東洋最大級のダムで、「土木は悠久の記念碑」という ヨーロッパの土木哲学を具現化すべく英知と情熱を注いだ大事業です。 河内貯水池は近代化産業遺産としての価値だけでなく、北九州のエコの原点や未来を見据えた SDGsの取組みを学ぶことの出来るところです。   くろがね線 戸畑と八幡を結八幡製鐵所の専用鉄道 八幡製鐵所は、戸畑で操業していた東洋製鐵と1921年に合併した当時から、戸畑地区で生成する 熔銑を船舶で八幡へと輸送していたが、海上輸送のリスクと不経済性が指摘されていた。 一方八幡地区では、高炉の溶銑をつくるときの副産物である鉱滓(スラグ)の処理が問題化していた。 これらの打開策として建設されたのが、戸畑地区と八幡地区を鉄道で結ぶくろがね線。     門司港駅 1988年(昭和63年)には鉄道駅舎として初めて国の重要文化財に指定され、現在では東京駅と 2つが国の重要文化財です。1914年(大正3年)に門司駅(当時)として開業、1942年(昭和17年)に 門司港駅と改称されました。建物は、フレンチ・ルネッサンス調との木造二階建て建築で、 ドイツ人技師ヘルマン・ルムシュッテルの監修によるものです。     旧門司三井倶楽部 1921年に三井物産の社交倶楽部として作られた建物です。ハーフティンバー様式と呼ばれる ヨーロッパ伝統の木造建築工法で作られ、門司港駅と同様に国の重要文化財に指定されています。 1922年にアインシュタイン博士が全国を講演する為に来日した際に、三井倶楽部に宿泊しました。 博士が宿泊した部屋は当時の様子を再現しています。     赤煉瓦プレイス 旧サッポロビール九州工場の赤煉瓦建物などを保存活用した貴重な歴史的建造物です。 門司麦酒煉瓦館は旧工場事務所を改装し、ビールの歴史と門司麦酒工場・九州工場の沿革の ほか、ビールの製造や原材料・缶・ビンのリサイクルについての解説展示を行っています。 門司麦酒煉瓦館をはじめ、現在残る醸造棟・旧組合棟(赤煉瓦写真館)・倉庫跡(赤煉瓦交流館) の4つの建物は歴史的価値を認められ国の有形文化財に登録されています。     西日本工業倶楽部(旧松本家住宅) 戸畑の夜宮公園の南隅の鬱蒼とした松林の中に溶け込むように邸宅の門を構える アール・ヌーボーの館と称され、国の重要無形文化財に指定されています。 旧松本家住宅は、炭鉱主・実業家の松本健次郎が自分と家族の住宅と明治専門学校(父安川敬一郎と ともに創立した学校で現在の九州工業大学)の迎賓館を兼ねて建てたものです。      北九州の地図     ホーム サービス 北九州発バスツアー 環境・エコツアー 個人旅行 九州の観光情報 外国人旅行         

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自然豊かな都市・北九州

  2021/04/27
  ●スタッフ ブログ

北九州市な周囲を海(玄界灘、関門海峡、瀬戸内海)、山そして川に囲まれた自然豊かなまちです。 その証明が全国でも稀な、1つの国立公園(瀬戸内海国立公園)、2つの国定公園 (北九州国定公園、玄海国定公園)を持つ都市です。また、都心から近いところに、多くのほたるの 鑑賞地があるのも、北九州市が自然豊かで生き物たちにやさしいところであることを物語っています。   2021年4月27日

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鉄鋼の産業発展物語の作成にあたって

  2021/04/27
  鉄鋼の産業発展物語

  2015年7月5日に明治日本の産業革命遺産が世界遺産に登録されました。 製鉄・製鋼、造船及び石炭産業の遺産群で、8県(岩手県、静岡県、山口県、福岡県、 佐賀県、熊本県、長崎県、鹿児島県)にまたがる23の施設で構成されています。 明治日本の産業革命遺産は、今までの世界遺産と大きく異なり、歴史的建造物その物の 価値を紹介するものではなく、日本の産業が、日本人が世界に認めた大きな意義があります。   世界中で誰も成しえなかった、急速な産業発展の取組を世界中に人々に伝えることです。 江戸時代の日本の産業は、欧米から約250年も遅れていましたが、ペリー来航(1853年) を機に、産業革命の幕が開きました。 最初は欧米から技術導入しましたが、その後は日本独自の方法で技術革新を行い、 短期間のうちに産業が発展し、世界一流の工業国となりました。   なぜ明治日本の産業革命遺産が世界遺産の登録されたのかに興味を持ち、私自身が前職で 携った鉄鋼産業に焦点を当て、ユネスコが認めた「日本の急速な発展」をキーワードに 独自の調査と研究を行い、産業発展物語としてまとめました。

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北九州市内ツアー / 北九州魅力再発見 & 自慢ツアー

  2021/06/07
  北九州市内ツアー

お客様の団体のための、北九州発着のオーダーメイドバスツアーです。 北九州の知られざる魅力を紹介するツアーで、自治会、婦人会、老人クラブや同窓会などの 団体で旅行を楽しみませんか。また北九州市民のシビックプライド醸成にも役立つツアーです。 更に、小学校、中学校や高校の修学旅行や大学の研修ツアーにもご利用ください。     ツアーのポイント 北九州市は古くから多くの人々が生活を営み、そして今から約130年前の門司が特別輸出港に 指定されて以来、常に日本の先頭を走り続けて産業近代化に大きく貢献し、現在は環境未来都市 として頑張っています。その北九州市には、知られざるものや自慢する話が沢山あります。 このツアーでは、北九州を巡りながら、北九州の魅力と自慢をたっぷり紹介します。   ツアーガイド:ジャパン九州ツーリスト㈱ 近藤     行 程 8:00 北九州のご指定の場所出発 ・めかり第二展望台 ・関門人道トンネル ( 門司から下関へ徒歩で渡る)   === 関門橋を利用して門司港へ === ・門司港駅 ・旧門司三井倶楽部   === 国道199号で戸畑へ === ・西日本工業倶楽部で昼食 ・小倉城 ・世界遺産・旧本事務所 ・東田第一高炉 ・河内貯水池 17:00 北九州のご指定の場所解散     北九州魅力再発見ツアーの見どころ   めかり第二展望台 北九州の絶景スポットの一つで、瀬戸内海国立公園の西側の起点です。 本州と九州に連なる山々、その間を湾曲し川のように流れる関門海峡、行き交う船の数々。 関門海峡を一望できる展望台からは、門司港市街から下関市街までの大パノラマが広がります。 日中はもちろん、ライトアップした関門橋や市街地の灯りが彩る夜景も格別です。 また道沿いには、有田焼のレリーフで源平壇之浦合戦の模様を描いた壁画があります。         関門橋      門司港レトロ   有田焼で描いた源平壇之浦合戦   関門人道トンネル 世界でここだけ! 海峡を歩いて渡れます! 1958年(昭和33年)に開通した海峡を歩いて横断できる世界でも珍しい海底トンネルです。 距離は780m、徒歩約15分で本州 山口県下関市に行くことができます。 自転車や原付を押しての通行も可能です。     門司港駅 1988年(昭和63年)には鉄道駅舎として初めて国の重要文化財に指定され、現在では東京駅と 2つが国の重要文化財です。1914年(大正3年)に門司駅(当時)として開業、1942年(昭和17年)に 門司港駅と改称されました。建物は、フレンチ・ルネッサンス調との木造二階建て建築で、 ドイツ人技師ヘルマン・ルムシュッテルの監修によるものです。     旧門司三井倶楽部 1921年に三井物産の社交倶楽部として作られた建物です。ハーフティンバー様式と呼ばれる ヨーロッパ伝統の木造建築工法で作られ、門司港駅と同様に国の重要文化財に指定されています。 1922年にアインシュタイン博士が全国を講演する為に来日した際に、三井倶楽部に宿泊しました。 博士が宿泊した部屋は当時の様子を再現しています。        西日本工業倶楽部(旧松本家住宅) 戸畑の夜宮公園の南隅の鬱蒼とした松林の中に溶け込むように邸宅の門を構える アール・ヌーボーの館と称され、国の重要無形文化財に指定されています。 旧松本家住宅は、炭鉱主・実業家の松本健次郎が自分と家族の住宅と明治専門学校(父安川敬一郎と ともに創立した学校で現在の九州工業大学)の迎賓館を兼ねて建てたものです。     小倉城 北九州のランドマークである小倉城。あまり大きく見えない天主閣であるが、実は全国で6番目の 高さです。1602年から細川忠興が約7年かけて唐造の天守閣を築城し、細川氏の熊本転封の後、 1632年に譜代大名である小笠原忠真が入城し、以後幕末まで小笠原氏が居城しました。       世界遺産 / 旧本事務所 日本の産業近代化の歴史を見て来た旧本事務所。 1901年(明治34年)に製鉄所が創業し、富国強兵の基製鉄所が次々と拡張していきました。 そのため、本事務所は手狭になり、その機能は1922年には新しい2代目の本事務所(枝光)に 移りました。その後、初代の本事務所は製鉄製品の研究所や、様々な目的で使用されました。 そして、現在まで日本の産業近代化の歴史を見続けて来た本事務所です。     東田第一高炉 ものづくりの息吹を感じる日本の産業近代化の聖地。世界でここだけ 高炉設備一式が完全な形で 保存されているところ!1901年(明治34年)日本の近代製鉄がここで生まれた。多くの人々の手に よって日本の産業近代化の礎がここで築かれた。そして、日本の産業発展の道程、先人たちの功績を 後世に伝えるべく1972年(昭和47年)まで操業を続けた10代目の東田第一高炉が保存されています。     河内貯水池 八幡製鐵所の第三次拡張工事での水源地拡張対策の一環として1919年(大正8年)に竣工し、 8年の歳月をかけて、延90万人の人々の手で1927年(昭和2年)に完成しました。その総指揮者が、 土木技師の沼田尚徳、当時は東洋最大級のダムで、「土木は悠久の記念碑」というヨーロッパの 土木哲学を具現化すべく英知と情熱を注いだ大事業です。河内貯水池は近代化産業遺産としての 価値だけでなく、北九州のエコの原点や未来を見据えたSDGsの取組みを学ぶことの出来るところです。     オプション   皿倉山からの夜景は世界一 観た人誰もが世界一と絶賛する、日本新三大夜景に登録されている皿倉山からの北九州の夜景。 しかし稲佐山からの長崎の夜景は日本新三大夜景と世界三大夜景にも登録されています。 果して長崎の夜景が北九州の夜景より素晴らしいのでしょうか。その答えは対比すると分かります。 夜景の規模そして光の数と密度が全然違います。ケーブルカーとスロープカーを使えば、 皿倉山山頂まで10分で行けます。是非世界一の夜景を自分の眼で観に行きましょう。     北九州自慢の紹介 ツアーの中で、関連するところで紹介していきます   自然豊かな都市 北九州市な周囲を海(玄界灘、関門海峡、瀬戸内海)、山そして川に囲まれた自然豊かなまちです。 その証明が全国でも稀な、1つの国立公園(瀬戸内海国立公園)、2つの国定公園 (北九州国定公園、玄海国定公園)を持つ都市です。また、都心から近いところに、多くのほたるの 鑑賞地があるのも、北九州市が自然豊かで生き物たちにやさしいところであることを物語っています。     日本で一番 基幹産業に適した場所 1901年(明治34年)に日本の近代製鉄が八幡で産声をあげ、北九州が日本の産業近代化に大きく貢献 したことは言うまでもありません。ではなぜ北九州が、その舞台となったのか?全国17の候補地 (その中に北九州が3ヶ所)から様々な条件を評価し、最終的に製鉄所が八幡が選ばれました。 製鉄以外でも多くの産業がこの地で生まれ、常に日本の産業をリードして来ました。        八幡 & 戸畑      小倉 & 大里      小倉 & 門司   産業関連遺産が多い都市 北九州市はまさに産業関連遺産の宝庫です。世界遺産に登録された明治日本の産業革命遺産である 旧本事務所や遠賀川水源地ポンプ室、鉄道駅舎として初めて国の重要文化財に指定され門司港駅、 製鉄関連の遺産をはじめとした多くの産業遺産があります。このことは、北九州市が日本の 産業近代化に大きく関わっていることの証明です。       日本一の産業観光のまち 北九州市は、1901年(明治34年)に日本の近代製鉄が八幡で産声をあげた場所です。 また、製鉄以外でも、機械、化学や窯業をはじめとして様々な産業がこの地生まれた ところで、産業観光の宝庫です。     北九州の地図     お問合せ・お申込先  ジャパン九州ツーリスト株式会社 福岡県知事登録旅行業 第3-688号 電話 093-521-8897   FAX 093-521-8898 Email info@japan-kyushu-tourist.com 〒802-0001 北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6階     ホーム 北九州発バスツアー 環境・エコツアー 修学旅行 個人旅行 九州の観光情報 外国人旅行     

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製鉄所建設物語 / なぜ八幡に決まったのか

  2021/05/07
  北九州歴史秘話

日本の近代製鉄所の建設地が、どのようにして八幡に決まったのかを紹介します。   ●製鉄所建設計画 日清戦争後、軍備増強と産業資材用鉄鋼生産の増大を図るため、1896年(明治29年)に 第9回帝国議会で製鐵所建設の「創立案」の予算が承認された。 その内容は日清戦争前に「野呂景義」が提案した製鐵所建設構想と異なり、 和田維四郎(わだ つなしろう)による、銑鋼一貫の巨大製鉄所構想であった。 初代長官の山内提雲の後任で、2代目の長官となった和田維四郎が、製鉄所創立の 中心的な役割を果たす。            和田維四郎  大島道太郎 技監は本来なら、日本で初めてコークス炉を使った製鉄法を成功させ、日清戦争前まで 製鉄所建設構想を作り上げた「野呂景義」が考えられるが、初代長官の山内が、 「大島道太郎」を任命した。大島道太郎は、近代製鉄の父・大島高任の長男。 総予算額650万円、その中に清国から受け取った賠償金のうち58万円が含まれる。   ●製鉄所建設地の検討 1)17の地域が候補地 1896年に政府によって17の地域が候補地として選ばれた。その中の3地域が北九州。 ①青森 ②釜石 ③塩釜 ④千葉 ⑤品川 ⑥鶴見 ⑦静岡 ⑧和歌山 ⑨梅田 ⑩尾道 ⑪呉 ⑫大竹 ⑬大牟田 ⑭長崎 ⑮大里(門司) ⑯板櫃(小倉) ⑰八幡(八幡) 各候補地とも郷土に近代的な製鉄所をと意気込み誘致活動を展開し、 お互いに一歩もゆずらなかった。 2)現地調査の実施 大島道太郎が候補地決定の責任者となり、調査団を率いて候補地を調査した。 その立地の条件は、①広大な建設用地が安価で得られる ②海上・陸上の交通の便がよい ② 原料と燃料が得やすいことが考慮された。 調査の結果、4ヶ所に絞られる。 ①呉(広島県)②大里(門司)③板櫃(小倉)④八幡(八幡)           呉         板櫃 & 大里      八 幡   原料と燃料入手の点で呉は落ちて、北九州の三村が残る。   3)大里が第一候補 その中で、大島は、石炭に入手には洞海湾(八幡)だが、若松港の水深が浅く到底大型船を 出入りさせることができないと、一旦は「大里第一」とした。 大里は、筑豊炭田を背後に持ち、アシが生い茂る湿地帯が多い土地、海陸の交通条件に優れ、 八幡が足元に及ばない人口を抱えていた。 更に、江戸時代に村の一角から鉄鉱石と銅鉱石が採掘されていたことも影響している。 4)八幡の立地に向けての取組 これに対して、若松築港会社会長の安川敬一郎は、水深を深くすれば大里に勝ると確信し、 起死回生の政治工作を行う。 旧黒田藩主・金子堅太郎、岩崎弥太郎、渋沢栄一の同意を得、渋沢栄一と後の長官和田維四郎 を通じて、大島と長官山内堤雲の説得を依頼した。 こうした安川敬一郎の運動が紅を奏し、用地買収担当の製鉄所事務次官に八幡出張の 辞令が出された。        安川敬一郎      芳賀種義   当時の八幡村は、人口2,000人足らずの農業と漁業を営む寒村であった。 製鉄所建設用地確保のため、八幡村の芳賀種義村長が「八幡村に製鉄所を、日本の 鉄づくりは八幡から」と熱心に村民を説得し、100万m2もの広大な土地を地価の 半値で売り払うことに協力してもらった。   ●官営製鐵所が八幡に決定 こうした後、1897年2月6日に「官営製鉄所は福岡県 下筑前国遠賀郡 八幡村に置く」 と公布された。              製鉄所建設前の八幡村   そして、1901年の創業に向けての建設工事が開始される。     ホーム サービス 北九州発バスツアー 環境・エコツアー 個人旅行 九州の観光情報 外国人旅行     

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若松北海岸・遠見ヶ鼻

  2021/06/06
  Christian Pilgrimage tour

若松北海岸は、玄海国定公園の始まりの場所です。その中で、最も眺望が美しいところが 遠見ケ鼻です。妙見埼灯台があり、いかにも荒海の岬といった感じです。江戸時代には 遠見番所が設けられ、沖の密貿易船、難破船、外敵等の異変に備えていました。 灯台の立つ断崖から見下ろす海の色、沖の島々、しま模様を描いた岩肌など見応えが 十分です。この景色は環境未来都市・北九州を代表する自然の美の一つです。     基本情報  ・住 所 北九州市若松区有毛 ・アクセス かんぽの宿北九州より徒歩5分   若松北海岸・遠見ヶ鼻周辺地図     ホーム 北九州発バスツアー 環境・エコツアー 修学旅行 個人旅行 九州の観光情報 外国人旅行     

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自然豊かな都市・北九州市

  2021/04/27
  北九州歴史秘話

北九州市な周囲を海(玄界灘、関門海峡、瀬戸内海)、山そして川に囲まれた 自然豊かなまちです。 その証明が全国でも稀な、1つの国立公園(瀬戸内海国立公園)、2つの国定公園 (北九州国定公園、玄海国定公園)を持つ都市です。 また、都心から近いところに、多くのほたるの鑑賞地があるのも、北九州市が自然豊かで 生き物たちにやさしいところであることを物語っています。     自然豊かな場所の紹介   平尾台  日本三大カルストと呼ばれ、北九州国定公園に指定されています。 最高峰は北九州市小倉南区の貫山 (712m) でその周辺には400m~600m級の山が点在する。 千仏鍾乳洞、目白洞、牡鹿洞、青龍窟などの鍾乳洞が点在し、大小のドリーネのある カルスト地形が広がっています。トレッキング等にも最適の場所です。   皿倉山  標高622mの山頂から北九州市を一望できる皿倉山。夜になると、日本新三大夜景にも指定 されている、世界一ダイナミックな夜景が楽しめます。山頂までは、皿倉山登山鉄道のケーブルカー とスロープカーを使えば、山麓駅から山頂駅まで10分で行くことが出来ます。 また複数の登山ルートが整備されていますので、トレッキングを楽しむこともできます。   若松北海岸・遠見ヶ鼻 若松北海岸は、玄海国定公園の始まりの場所です。その中で、最も眺望が美しいところが 遠見ケ鼻です。妙見埼灯台があり、いかにも荒海の岬といった感じです。江戸時代には 遠見番所が設けられ、沖の密貿易船、難破船、外敵等の異変に備えていました。 灯台の立つ断崖から見下ろす海の色、沖の島々、しま模様を描いた岩肌など見応えが 十分です。この景色は環境未来都市・北九州を代表する自然の美の一つです。   響灘ビオトープ 響灘を廃棄物処分場として埋め立てた敷地に自然発生した自然の楽園・響灘ビオトープ。 整地されていない埋立地に雨水が溜まって湿地ができ、鳥などが運んできた植物の種から 木が自生し、環境省の絶滅危惧種(鳥類レッドリスト絶滅危惧IB類)に指定されている チュウヒをはじめとする237種の鳥類や、284種の植物などが確認されている生態系を守る ため全体(約41ha)のうち約7haが公開されています。       曽根干潟 曽根干潟は、北九州市小倉南区の東側に広がる市内最大の干潟で、面積は517haあります。 背後の曽根新田地区とあわせて市内でも有数の野鳥の宝庫として知られています。 特に、世界的にも数が少なくなっている「ズグロカモメ」の日本でも有数の越冬地と なっています。また、2億年前からその姿をほとんど変えずに生きてきたことから、『生きた化石』 とも呼ばれているカブトガニの生息地ともなっています。環境省のレッドデータブックに指定 されていることから、ラムサール条約に曽根干潟が登録されることを目指す動きがあります。       北九州の地図     ホーム サービス 北九州発バスツアー 環境・エコツアー 個人旅行 九州の観光情報 外国人旅行     

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