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英語で案内する北九州の世界遺産
北九州の世界遺産を英語で紹介します 日本の急速な産業近代化が評価され、UNESCOの世界文化遺産に2015年7月登録された 明治日本の産業革命遺産。 その中で、製鉄・鉄鋼分野として北九州地区にある下記の4つの遺産が登録された。 ① 旧本事務所 ②旧鍛冶工場 ③修繕工場 ④遠賀川水源地ポンプ室 旧本事務所 遠賀川水源地ポンプ室 今回の世界遺産は、遺産そのもの価値ではなく、その背景にある、 世界の誰も成しえなかった、日本人だけが達成した「急速な産業発展」を紹介します。 ●英語での案内人 UNESCOが求めている「日本の急速な産業近代化」について紹介する 「世界遺産物語」を作成したジャパン九州ツーリストの近藤が自ら行います。 外国人の案内はお任せ下さい ●案内の内容 世界遺産に登録された遺産だけでなく、東田第一高炉、八幡泊地、河内貯水池などを 含めた関連施設を巡りながら、なぜ日本だけが急速な産業近代化成しえたのかを、 自身の海外でも業務経験も交えながら、様々な角度から紹介していきます。 東田第一高炉 河内貯水池 南河内橋 ●参考 新日鐵時代に海外で勤務した国々 アルゼンチン、ブラジル、アメリカ、イタリア、フィンランド、南アフリカ アメリカ イタリア 南アフリカ お問合せ (日本語又は英語で対応します) ジャパン九州ツーリスト(株) 福岡県知事登録旅行業 第3-688号 電話 093-521-8897 FAX 093-521-8898 Email info@japan-kyushu-tourist.com 〒802-0001 福岡県北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6階
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大連航路上屋 & 世界遺産
大連航路上屋 私の母も祖父母も、きっとここから満州に旅立った。 そして小さいころ、祖母から戦争のことを沢山聞かされた。 満州から帰った時は、ここではなかった。 関門海峡に沢山の機雷が落とされたから、ここには帰れなかった。 今度は、今は亡き祖母に代わって、戦争のことを伝えることも私の役目ではないかと、 この地を訪れて思いました。 今展開している世界遺産/明治日本の産業革命遺産の啓蒙活動にも、 戦争の歴史は伝えるべき重要な事柄だと思います。 世界遺産 なぜ、世界遺産/明治日本の産業革命遺産で戦争を伝えなければならないのか。 この遺産群の世界遺産登録の訳は、遺産群そのものの価値が評価されたのではなくて、 下記の出来事を世界中に人々に伝えることです。 ①幕末から明治の初期にドラスティックな産業革命 ②世界の誰も成しえなかった現在までの、急速な産業発展 戦争と共に発達してきた産業、戦後復興を原動力につくり上げた世界一の工業立国日本。 その近代化の中心舞台が北九州であり、戦争の経験された皆様のことを含めて、 北九州で展開された「世界遺産物語」を紹介していきます。
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新日鐵時代の実体験で伝える世界遺産❗
新日鐵時代の実体験で伝える世界遺産❗ 『日本の急速な産業発展』 ドイツのGHH社から技術を導入し、1901年に操業を開始した官営八幡製鐵所。 その後、世界に追いつくために、独自の技術開発により急速に発展し、現在では世界一の 工場国となった日本。 私は、主要設備である高炉の設計から建設に携ってきた。 1970年代には世界の技術レベルに追いつき、海外への設備の輸出も始まった。 1995年からわたし自身の本格的な海外での仕事が始まった。 南アフリカ ISCOR アメリカ AK Steel 1997年には、官営八幡製鐵所建設時は先生であったGHHと南アフリカで肩を並べて仕事をした。 その時、ヨーロッパの技術レベルを追い越し、世界一になっていることを実感した瞬間だった。 ドイツのGHHも短期間の内に日本の追い越されたとびっくりさせた出来事であったと思う。 その後、世界各地で、製鉄所のプラント建設に携ってきた。 ブラジル イタリア フィンランド まさに、ユネスコが言っている『日本の急速な産業発展』の真っただ中で、歯車の一部として 仕事をしてきた。 2008年に早期退職し、北九州や九州の紹介する旅行会社を設立した。 今回の世界遺産登録を機に、前職での経験も織り込みながら北九州で行われた 『急速な産業発展』を紹介していきます。
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世界遺産候補 新原・奴山古墳の謎
2016/06/29
Blog福津市にある古墳の謎 新原・奴山地区の狭い地域に、なんと43もの古墳が存在する。 他の地域の古墳と大きく異なる。 その古墳群が、宗像大社と共にユネスコ世界文化遺産推薦候補となっている。 しかし、その古墳群に多くの疑問が湧いてきた。 なぜ、この地にそんなに多くの古墳群があるのだろうか? なぜ他の地域の古墳と形態が異なるのだろうか? その古墳群と宗像大社とは、どのような関係があるのだろうか? 多くの疑問を抱きながら、様々な角度から仮説を立てて、色々調べた。 そうするとある事実が浮かびあがって来た。 そして「新羅」をキーワードに今までの謎が解けてきた。
