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北九州の歴史秘話

北九州には、日本の産業近代化に貢献した様々な物語があります。

ここに、その物語を歴史秘話としてまとめました。

 


 

製鉄所建設物語 / なぜ八幡に決まったのか 

1896年(明治29年)に第9回帝国議会で製鉄所建設の「創立案」の

予算が承認された。その建設候補地が北九州の3ヶ所を含む、全国から

17ヶ所ノミネート。①青森 ②釜石 ③塩釜 ④千葉 ⑤品川 ⑥鶴見 ⑦静岡

⑧和歌山 ⑨梅田 ⑩尾道⑪呉 ⑫大竹 ⑬大牟田 ⑭長崎 ⑮大里(門司)

⑯板櫃(小倉)⑰八幡(八幡)

最終的に、どのようにして八幡に決まったかを紹介します。


      

近代鉄鋼技術の父 野呂景義物語

ドイツ技術の粋を集めた官営八幡製鐵所が1901年に操業を開始したが、

その滑り出しは惨憺たる状況で、わずか3ヶ月で休止した。

その危機を救ったのが野呂景義。原料を含め徹底した原因調査と、

日本の条件に合わせた設備改造を行った。その汗と努力が実を結び、

鋼材生産高は著しく急増し、日本の国づくりに大いに貢献することになった。


 

安川敬一郎物語

石炭産業から始まり、港湾、鉄道、紡績、製鉄、電気、窯業と様々な

分野で中心的な役割を果たし日本の産業近代化に最も貢献した一人です。

福岡藩士・徳永貞七の四男として1849年(寛永2年)に生まれ、15歳で

安川家の養子となり、16歳から家督を継ぐ。兄の戦死後、生計を維持する

ために大学を中退して長男と次男が共同経営していた炭坑事業に参画し、

その事業家としての歴史が始まります。


 

日本の産業近代化に貢献した鈴木商店

製鉄所建設の候補地でもあった門司・大里地区に神戸の貿易商「鈴木商店」

が目を付けて進出してきました。良質な水と海上輸送に適した大里では、

1904年(明治37年)の大里製糖所の開業を皮切りに、神戸製鋼門司工場や

帝国麦酒など、鈴木商店の発展とともに次々と工場が建設されました。

1914年(大正3年)焼酎工場を建設し、大里酒精製造所から始まります。


 

アインシュタインが絶賛した門司の魅力

1922年(大正11年)に日本講演旅行で来日し、最後に立寄った場所が門司。

その門司で、日本人の国民性、芸術そして自然を褒めたたえました。

青い海、緑の島々、丘陵の景色、樹木、田畑、町並み、小さな家屋、日本人の

言葉、動作や衣服、その人々が使っている家具など全てが、自然と調和した

芸術である。 また、日本の建築は隅々まで手が入り込んで、外国の彫刻の

ように見える。一言でいえば、日本は絵の国、詩の国である。


 

河内貯水池 建設物語

八幡製鐵所の第三次拡張工事での水源地拡張対策の一環として造られた。

その総指揮者が沼田尚徳、土木は悠久の記念碑というヨーロッパの

土木哲学を具現化すべく英知と情熱を注いだ大事業。この美しい

景観の裏側に秘められた、土木技師の沼田尚徳の愛と悲しみ、そして情熱

物語があります


 

勝山公園

小倉城を中心として紫川と一体となった市民の憩いの場所です。

勝山公園は小倉陸軍造兵廠敷地の一部で、1945年(昭和20年)

8月9日の原爆投下の目標とされました。しかし、8月8日の

八幡大空襲の煙と八幡製鐵所でコールタールを燃やした黒い煙幕の

ため造兵廠の位置が確認できず、急遽変更し長崎に原爆が投下されました。

この地で世界平和を考えましょう。


 

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