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世界遺産物語 第10話 / 遠賀川水源地ポンプ室物語


ポンプ室建設の背景
官営八幡製鐵所が1901年(明治34年)に操業を開始した。
操業当初の鉄の年間の生産量は9万で、鉄づくりに必要な水の供給は構内に造られた
高見貯水池から行われていた。
その後、1904年に日露戦争が勃発し、兵器や弾薬の生産のため鉄の需要が26万トンと
大幅に高まった。そのため1906年に第一次拡張計画を策定し、年間の生産量を18万トンに
増やすために設備を拡張することになった。
鉄づくりには大量の水を必要とし、高見貯水池では対応できないため、新たな水源を
遠賀川に求めた。

  
 
そしてポンプ室を八幡製鐵所から最も近い中間市に設け、配管を使って
送水するようにした。
 
ポンプ室の建設
ポンプ室の建設が1906年から始まり1910年に完成した。

配管の総延長は12km、送水システムの設計は近代水道の父を呼ばれる

東京帝国大学教授の中島悦治氏によるもので、石炭ボイラーと蒸気ポンプは

イギリスから輸入した。

 

 

 
当初は筑豊の石炭を燃焼させて蒸気をつくっていたため、煙突も設けられていたが、
今は解体されている。
また、敷地内には筑豊から輸送してきた石炭の卸場やトロッコ列車の跡も見つかっている。
ポンプ室の建屋は、奈良国立博物館の設計も行った舟橋喜一氏によるもので、
平屋建ての煉瓦造り、幅20mx長さ40m。
赤煉瓦と一部コーナーの柱には黒田泰造が開発した鉱滓煉瓦(鉄づくりの時の副産物である
鉱滓を使った煉瓦)が使用されている。
大正期には約50名の従業員が働き、ポンプ室の周りに官舎も建てられていた。
 
1950年(昭和25年)には、電動モーターを使ったポンプに取り換えられ現在に至っている。
そして操業開始から100年以上経過した今でも、当時と変わらぬ威厳のある姿のポンプ室から、
毎日八幡製鐵所で必要とする水の約70%を休みなく送り続けている製鐵所の心臓部である。

 
 

このことはまさに世界遺産に登録された明治日本の産業革命遺産を代表していると
いっても過言ではない

 

 
 

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