Japan KYUSHU Tourist  ジャパン九州ツーリスト株式会社

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Kyushu Travel Guide

フットパス(Footpath)ってなんだろう

新たな人との出会い、新たな発見 そして新たな体験ができる まち歩き!

Footpath(フットパス)とは、隣りの村や町、そして教会や学校などに行くために
森林の中、田舎の田園地帯や町なかにつくられた、歩くために道を意味します。
ヨーロッパでは、多くの人達がFootpathをゆっくりと歩きながら楽しんでいます。

ヨーロッパと異なり、日本ではFootpathを歩くことは普及してないのが現状です。
しかしながら、日本には、他の国にない、素晴らしい原風景、歴史や生活のかおりがする
町並み中に沢山のfootpath(歩く道)があります。

今回、小倉南区の朽網地区のFootpath を歩く体験をしました。
(東朽網市民センター&平野市民センター合同のフットパス東朽網編)
日程 11月11日(金) 
  
・行程
 10:00 JR朽網駅出発→歩き(住宅地&田園地帯)→宗林寺→宗林寺でフットパス講座(北九大)と
 地元の人達がつくった「朽網特製弁当」で昼食 → 歩き(田園地帯→昭和池→南町)
 →東朽網市民センターでティタイムとフットパスの振り返り)→JR朽網駅解散

Footpathは観光の原点
こんな、気持ちの良い素晴らしい体験は初めてでした。
快晴の元、参加された、地元朽網の人達と平野の人達、そしてコーディネーターの北九大の人達と
一緒に会話を楽しみながら、今まで通ったことのない道(footpath)を歩きました。

   

途中で出会う地元の人達に「こんにちわ」の挨拶をすると、返ってくる清々しい挨拶、それから
始まる楽しい触れ合い、知らないことを沢山教えてもらえ、新しい発見に感動。
初めて歩く道、季節を感じる田園風景、肌で感じる人々の営み、歴史、文化… 歩かないと
分からない様々な、多くの新しい発見がありました。
宗林寺、東朽網市民センタ- での朽網の人達の温かい心の籠ったおもてなしに感動しました。

ゆっくり歩くと感じる
日本の原風景の中をゆっくり歩きながら、地元の人達の出会いと温かい心に触れる喜び。
今まで知らなかったことを知り又新しい発見が出来る喜び。
新鮮な空気を体一杯に吸いながら汗をかく喜び。
未知の体験をする喜び、様々な感動に出会えるのがFootpathの醍醐味です。

Footpathの写真  
  

  

  

  

  

  

旧交を温める同窓会ツアー企画

同窓会や同期会の幹事さんへ

ともに学び、又は同じ職場で仕事をした仲間たち
何年かぶりに懐かしい北九州に集まり、懐かしい友と出会う同窓会や同期会。

  
一緒に遊び・学んだ場所、ともに仕事をした懐かしい北九州を巡り、旧交を温めるツアー。
幹事さんと打合せしながら行程をつくり、食事場所やバスの手配も行いまので、
まずは下記へ気軽にお問合せください。

お問合せ   (日本語又は英語で対応します)           

ジャパン九州ツーリスト(株) 福岡県知事登録旅行業 第3-688
電話 093-521-8897   FAX 093-521-8898
Email
 info@japan-kyushu-tourist.com
802-0001
福岡県北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6

 


同窓会&同期会ツアーの一例

  

  

  

  

秋の旅行は熊本・阿蘇をお勧めします。

大変嬉しいニュース
熊本地震より5ヶ月ぶりに阿蘇山・草千里への道路が仮復旧にて
9月16日に開通しました。
  
  阿蘇の様子 (当ページに掲載している写真は、全て7月19日に撮影したものです)

しかし、阿蘇登山道路の完全復旧にはまだまだ時間がかかると言われていますが、
急ピッチで復旧作業が行われています。

 

阿蘇神社は、楼門と拝殿が倒壊し神様をお祀りする3つの神殿も大きな被害を受けました。
阿蘇地方の復興の象徴となるように復旧作業が進められています。
  

 

熊本城
1601年から7年の歳月をかけて建設された、日本の三大名城の一つである熊本城。

今回の震災で大きな被害を受けたものの、その威風堂々とした姿でしっかり皆さんを
お出迎えしております。
   
 
城内には入場できませんが、外からその頑張っている姿を観て欲しいと思います。
現在のそのままの姿を是非皆様にみてもらい、多くのことを感じ取ってもらいたいと
思います。
   
多くの皆さんに訪れてもらうことが、頑張っている熊本城の励みになります。

 

4月14日以降に相次いで発生した地震で多く方々が犠牲になられ、多大な被害を被りました。
しかし現在各地で復旧作業が行われています。
そして、一部を除いて殆どの観光地も通常通り営業が行われています。

是非多くの人達に熊本・阿蘇を訪れてもらって、熊本・阿蘇の旅を楽しんでもらいたいと
思います。

世界最大でダイナミックなカルデラを持つ阿蘇、いたる処に湧きだす温泉
阿蘇の守り神・阿蘇神社、日本の三大名城・熊本城、周辺に点在する多くの観光地
数々のご当地グルメ。

是非、秋の旅行は熊本・阿蘇をお勧めします。

 

 


 

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9月17日 山陰方面の視察

新しいツアー造成のために山陰方面の視察を行いました

 
                龍宮の潮吹き 元の隅稲荷神社

日程 9月17日(土) 8:00〜20:00
・天候 朝から夕方まで晴れ、その後雨
・走行距離:400km 山陰の海岸線と中国自動車道間をジグザグに走行し
・走行時間:10時間

 
                       角島大橋
視察した場所
川棚、豊北、角島、湯谷、楊貴妃の里、龍宮の潮吹、千畳敷、仙崎、青海島
長門湯本、美祢、小月、菊川、大河内、下関

 
       川棚 クスの森                豊北ウインドファーム

 
                        角 島

 
                        楊貴妃の里

 
          龍宮の潮吹き                千畳敷

日本人のお客さんだけでなく、外国のお客さんにも感動してもらえる様々なものを
発見することができました。

新日鐵時代の実体験で伝える世界遺産❗

 

新日鐵時代の実体験で伝える世界遺産❗
        『日本の急速な産業発展』

 

ドイツのGHH社から技術を導入し、1901年に操業を開始した官営八幡製鐵所。
その後、世界に追いつくために、独自の技術開発により急速に発展し、現在では世界一の
工場国となった日本。

私は、主要設備である高炉の設計から建設に携ってきた。
1970年代には世界の技術レベルに追いつき、海外への設備の輸出も始まった。
1995年からわたし自身の本格的な海外での仕事が始まった。

    
                    南アフリカ ISCOR                                      アメリカ AK Steel

1997年には、官営八幡製鐵所建設時は先生であったGHHと南アフリカで肩を並べて仕事をした。
その時、ヨーロッパの技術レベルを追い越し、世界一になっていることを実感した瞬間だった。 
ドイツのGHHも短期間の内に日本の追い越されたとびっくりさせた出来事であったと思う。

その後、世界各地で、製鉄所のプラント建設に携ってきた。

          
   ブラジル                  イタリア             フィンランド  

 

まさに、ユネスコが言っている『日本の急速な産業発展』の真っただ中で、歯車の一部として
仕事をしてきた。

2008年に早期退職し、北九州や九州の紹介する旅行会社を設立した。
今回の世界遺産登録を機に、前職での経験も織り込みながら北九州で行われた
『急速な産業発展』を紹介していきます。

日本の戦後の危機を救ったのは八幡製鐵所!

 

明治日本の産業革命遺産の裏側に秘められた実話。

日本の戦後の危機を救ったのは八幡製鐵所!

 

昭和20年に全国で12基の高炉が稼働していた。
しかし、戦争の被害や原燃料の欠乏によって、八幡の高炉3基がかろうじて生き残った。
また、八幡も同様に原料炭不足に陥り、操業停止に直面する。
 

その時危機を救うべく急遽立ち上がったのが従業員、自ら筑豊炭鉱に行って石炭を掘った。
こうした懸命の努力をあり、なんとか生き残った3基の高炉の操業を維持し、
日本の戦後復興につなげて行った。

 

このような努力がなければ、日本の急速な復興や世界遺産登録もあり得なかった。
また当時炭鉱に行って犠牲になられた方もおられることも忘れてはならない。

明治日本の産業革命遺産 / 明治専門学校

明治専門学校の開校を機に産業が急速に発展 

 
日本の産業発展に、理想的な工業技術者の育成を目的として、安川敬一郎と松本健次郎親子が
1909年(明治42年)設立した。
初代総裁に山川健次郎を迎え、「技術に堪能なる士君子」の養成を掲げた。

  


これを機に、北九州で多くの会社が誕生し、日本の産業がこの地北九州で急速に発展していった。

1949年(昭和24年)現在の九州工業大学となり現在に至る。

明治専門学校が、産業発展に大きく寄与しており、世界遺産登録の一つの功績となっていると
言っても過言ではない。

 

明治日本の産業革命遺産/集成館事業

明治日本の産業革命は鹿児島から始まった。

1840年からのアヘン戦争でイギリスが中国を占領する、それと同時期に琉球に
多くの外国船が入ってくるようになった。
そこで日本の危機を感じたのが薩摩藩に島津斉彬。

 
そして1951年に集成館事業を始める。 これが日本の産業革命の始まりである。


NPO法人 九州・山口産業遺産協議会では、明治日本の産業革命遺産を
たっぷり紹介します。
↓ ↓

世界遺産の謎に迫る/日清戦争以前の製鉄所建設構想

日清戦争前に作られた製鉄所建設構想は実現しなかった。

製鉄所建設のきっかけを作った
清国(中国)の漢陽製鉄所。
清国が軌条(レール)の売込に来た。
九州の石炭に目をつけてきた
 
製鉄所建設構想は、日清戦争(1894年)以前の1891年から始まった。
最初から軍部と鉄道の要求に応える製鉄所建設は困難と考えていた。
 
しかし、既に清国漢陽製鉄所が、自国の鉄鉱石を使い、ベルギー人の指導の基で稼働を始めていた。
そして日本へ軌条の売込に来て、九州の石炭にも注目していた。
このことが、日本の製鉄所建設に拍車をかけた。
 
それから、議会で様々な議論がなされ、
その中に技術者として「野呂景義」も参加した。
そして、日清戦争前の野呂景義の案を採用して決まった構想は、小規模なものだった。
中国の鉄鉱石利用は考えず、国内資源を前提とする。
銑鋼一貫製鉄所でなく、軌条用に高炉を使い、軍事用には鍛造設備を使う製鉄所。
そして、予算規模を考慮し、高炉の能力は年間4万2千トンと著しく低いものだった。
 
日清戦争前に決まった構想は野呂景義の失脚によって実現されなかった。 

*失脚した、野呂景義はその後、官営八幡製鐵所立ち上げに大きく貢献する。

 

 


 

【遺産の裏側に隠された物語】
 
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世界遺産の謎に迫る/製鐵所操業開始までの紆余曲折

日清戦争前の「野呂景義」が作成した製鐵所建設構想はどうなったか。
紆余曲折の中で邁進した、初代製鐵所長官の和田維四郎」の功績
  
軍備増強と産業資材用鉄鋼生産の増大を図るため、1896年(明治29年)に第9回帝国議会で
製鐵所建設の「創立案」の予算が承認された。
その内容は日清戦争前に野呂景義が提案した製鐵所建設構想と異なり、
和田維四郎(わだ つなしろう)による、銑鋼一貫の巨大製鉄所構想であった。
   
   和田維四郎          野呂景義
そして、本格的に製鉄所建設の取組が行われる。
和田維四郎は初代長官の山内提雲の後任で、2代目の長官となり、製鉄所創立に対して
中心的な役割を果たす。
技監は本来なら、日本で初めてコークス炉を使った製鉄法を成功させ、日清戦争前まで
製鉄所建設構想を作り上げた「野呂景義」が考えられるが、初代長官の山内が、
「大島道太郎」を任命した。
大島道太郎は、近代製鉄の父・大島高任の長男。
 
その年の1996年(明治29年)に製鉄所立地場所の検討が始まり、和田道太郎を中心に
調査が行われ、最終的に
189726日に「官営製鉄所は福岡県下筑前国遠賀郡八幡村
と決定された。 決定の経緯
 
その決定と同時に、和田が初代製鉄所長官に就任し、ドイツのGHH社設計の製鉄所建設が始まる。
そしてドイツ人技師を雇い入れて指導を仰ぐ。
1899年(明治32年)には、中国の大治鉄鉱石の輸入契約を締結し、また安川敬一郎が経営する
二瀬炭鉱を買収し、原料供給上の基礎を開いた。
 
そして、1901年(明治34年)に我が国最大となる、八幡製鐵所の東田第一高炉に火が入り
製鐵所の操業が開始させた。

和田維四郎は日本鉄鋼協会から「故製鉄功労者」9名の中の1人として表彰された。
その功績
①製鐵所構想案を拡充する「設立案」の策定
②外国人技師・職工長の雇入れ
③原料の確保
④建設工事の推進と作業開始式挙行
⑤販売などの運営方針策定
    
しかしながら、決してここまで順調に進んだものではなく、生産量や設備仕様決定が紆余曲折し、
試行錯誤で日々が苦労の連続。
そして建設工事の遅れと作業開始式を並行して進行しなければならず、建設費の増額による
財政難に陥った。
作業開始式の不手際が議員に不評を買って、和田維四郎は長官を辞職した。
 

 

 


 

【遺産の裏側に隠された物語】
 
 
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