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鉄鋼の産業発展物語 第2話 / 日露戦争が八幡製鐵所拡張に拍車をかける
2021/04/05
鉄鋼の産業発展物語八幡製鐵所の建設時の生産能力は9万トン/年であったが、1901年の操業開始からトラブルの 連続で惨憺たる状況だった。そして野呂景義を中心とした原因究明と対策で1904年にやっと 軌道に乗った。 しかし時を同じにして1904年に日露戦争が始まり、兵器や弾薬不足で苦しむ。 日露戦争と鉄づくり 1904年に日露戦争が開戦された時の鉄の需要は26万トン/年に対して、大幅に供給量が 少なく兵器や弾薬不足に苦しんだ。そのため、他の目的に鉄を使用せず、武器弾薬の 製造に集中した。そして、1905年に戦争は終結したが、このような惨憺たる苦労が、 その後の国防強化に拍車をかけることになった。 日清戦争後の第一次拡張計画 (1906年〜1910年) 戦後、軍事需要とともに、造船、建築、橋梁用鋼材の民間需要も増え、1905年時点で鉄の需要が 45万トン/年に対して36万トン/年も不足し、大部分を輸入に頼らなければなかった。 そのため、1906年に第一次拡張計画を策定し、18万トン/年を目標に設備の拡張が行われた。 高炉の拡張 (東田1高炉〜3高炉) コークス工場増設 1909年に東田第3高炉が火入れし、1910年までに混銑工場、線材工場、第二分塊工場、 第二小形工場、鉱滓煉瓦工場、コークス炉増設、ロール工場拡張など数多くの設備が 増強された。 中央汽缶場 遠賀川水源地ポンプ室 設備増強に伴い、工業用水の使用料も大幅に増えため、遠賀川水源地ポンプ室(世界遺産) も建設し、1910年に稼働を開始した。 八幡製鐵所周辺の主な歩み(1899年~1910年) ・1899年 門司市誕生 ・1900年 小倉市誕生 ・1901年 鉄道連絡船 門司~下関開通 ・1902年 九州電気軌道 門司〜黒崎開通、戸畑~小倉間の鉄道開通(戸畑駅開設) ・1903年 横須賀、呉、佐世保の鎮守府を海軍工廠に変更 ・1904年 鈴木商店 大里製糖所創業 ・1905年 若松石炭協同組合事務所開設(石炭会館)、日本初の潜水艇が進水(横須賀) ・1906年 東京製鋼 小倉工場創業 ・1907年 戸畑競馬が始まる ・1908年 鹿児島本線が戸畑経由に変更、安田工業八幡工場創業、明治紡績&明治鉱業創業 ・1909年 日本初の戦艦「薩摩」が竣工、明治専門学校(後の九州工業大学)開設 ・1910年 筑豊石炭協同組合直方事務所開設、森田範次郎商店(後のシャボン玉石けん)創業 鉄鋼の産業発展物語 / 目 次 へ
