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鉄鋼の産業発展物語 第3話 / 日露戦争後の反動不況と鉄鋼需要の伸び
2021/04/04
鉄鋼の産業発展物語日露戦争後に不況に転じるが、我国の産業構造は着実に変化していく。 政府は財政の引き締めを行いながらも軍事拡大に力をいれ、民間においても、鉄道・造船の 鉄鋼需要は大きく伸びるとともに、工場・道路・港湾等の整備のために鋼材消費も大量にのぼった。 1910年の鉄鋼需要は53万トン/年にのぼるが、国内の生産高はわずか17万トンであり、 その不足分は輸入に頼らざるをえない状況であった。 第二期拡張計画(1911年〜1916年) 鉄鋼の大幅不足に状況下で政府は、第二期拡張計画を立案し、東田第四高炉を中心とし、 製鋼・圧延部門の増強を図り、鋼材年産35万トンを目標とした。 投資総額1,615万円で1911年(明治44年)から6ヶ年計画で拡張した。 コッパ-ス式コークス炉 第二製鋼工場 鉱滓煉瓦工場 【主な設備】 東田第四高炉:250トン/日、コッパース式コークス炉(自社製):120基、400トン/日 煉瓦工場拡張、第2製鋼工場新設、電気炉工場、第3分塊工場、第2中形工場、 第3小形工場、第2厚板工場他 八幡製鉄所周辺の主な歩み 鈴木商店 門司港駅 若松市 ・1911年 路面電車 門司〜黒崎開通、田村汽船漁業部(ニッスイの前身)創業 出光商会(出光興産の前身)創業、戸畑鋳物(日立金属&日産の前身)創業 ・1912年 日本鋼管創業 ・1913年 タイタニック号沈没 鈴木商店関連創業(帝国麦酒、大里硝子製造所、大里酒精製造所) 旧松本邸(西日本工業倶楽部の前身)完成 ・1914年 若松市誕生、第一次世界大戦開戦、門司駅が現門司港駅のところに移転 ・1916年 大阪砲兵工廠が小倉兵器製造所となる」 鉄鋼の産業発展物語 / 目 次 へ
