Japan KYUSHU Tourist  ジャパン九州ツーリスト株式会社

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シャボン玉石けん

シャボン玉石けん株式会社 

良質な天然油脂から昔ながらの製造法で無添加石けんを製造している日本唯一の会社。
無添加なので肌に優しい、環境に優しい石けん。
  

明治43年(1910年)に「森田範次郎商店」として創業を開始し、昭和49年(1974年)年
以前は合成洗剤の製造販売を行っていた。
現在は、酸化防止剤、着色料、香料や合成界面活性剤を使用せず、良質な天然油脂から
昔ながらの釜炊きケン化法で石けんを製造する、全国随一の無添加石けん専門メーカー。
皮膚の弱い人でも安心して使えると評判の高い石けん。

基本情報

 業 種

 石けん製造

 資本金

 3億円

 本 社

 北九州市若松区南二島223の1

 所在地

北九州市若松区南二島223の1

 所在地電話番号

093-791-4800 工場見学専用電話 093-588-5489

 URL

hppt://www.shabon.com

 創業年

明治43年(1910年)

 従業員数

 100

 上 場

無添加石けん製造の経緯
無添加石けんへの切換えの経緯は、昭和46年(1971年)、国鉄(現JR)から
「合成洗剤は錆びやすい」と蒸気機関車の洗浄用に添加物を入れない石けんを依頼され、
無添加石けんを試作しました。

森田光徳社長自らが10年近く悩まされてきた湿疹の原因が、合成洗剤であったことに
気づきました。

「身体に悪いと分かった商品を売るわけにはいかない」と昭和49年(1974年)に一大決心の末、
無添加石けんのみの製造販売に切り替えますが、売上はそれまでの1%まで激減し、
70名近くいた社員も4名まで減りました。

 しかし、様々な公害問題が表面化し、無添加石けんの安全性が認知され始めるとともに
少しずつ業績も回復し、平成22年(2010年)年には創業100周年を迎えました。
工場では製造工程の見学のほか、シャボン玉石けんの原料や製法等の説明、家庭排水が
環境に与える影響を考える実験などもあります。

環境の取組
・環境にやさしい無添加石けんの製造・販売
・平成11年(1999年)に環境マネジメントシステムのISO14001認証取得
・石けん系消火剤ミラクルフォームの開発(消防車専用の消火剤)
環境にやさしく、消火効率が高い。水のみと比べ、放水量は約17分の1です。

 

 関連リンク】
近代化産業遺産 in 北九州
近代化産業遺産 製鉄編

北九州の産業観光ツアー

 


安川電機

株式会社安川電機 

産業用ロボットやサーボやインバーター、更には製鉄用の制御装置を製作している会社。
創業は大正4年(1915年)、創業者である
安川敬一郎が、息子・健次郎(松本)・清三郎・
第五郎とともに設立した合資会社安川電機製作所が始まり。
     

基本情報

 業 種

 電気機器

 資本金

 230億円

 本 社

 北九州市八幡西区黒崎城石21

 所在地

北九州市八幡西区黒崎城石21

 所在地電話番号

093-645-7705

 URL

http://www.yaskawa.co.jp/

 創業年

大正4(1915)

 従業員数

 14,000人(連結)

 上 場

 東証1

会社プロフィール
創業当時は、主に筑豊炭坑向けの産業用電動機とその制御装置を製造しました。
その後、電動機と制御器を中心に技術開発や製品の高度化を図りました。とくに国産初の
ボールベアリング付きモータはヒット商品となり「モータの安川」の地位を築きました。

その後、電動機と制御器を中心に技術開発や製品の高度化を図りました。とくに国産初の
ボールベアリング付きモータはヒット商品となり「モータの安川」の地位を築きました。

戦後は産業機械向けの小型モータや可変速モータ、さらに工作機械へと進出ました。
昭和33年(1958年)に現在のサーボモータの原型となるミナーシャモータを開発しました。
サーボモータやインバータなどモータ本体の進化と同時に機能と制御を総合化する技術、
産業用エレクトロニクスへの積極的進出をいち早く決断。産業ロボットへ進みます。

昭和47年(1972年)からは、産業用ロボットの独自開発を開始。昭和52年(1977年)に国内初の
全電動式垂直多関節形ロボット「MOTOMAN」を販売して依頼、これまでに世界中へ27万台以上も
出荷され、アーク溶接など自動車産業をはじめとする機械組立工場には欠かせないものとなっています。
 また、現在は制御技術を駆使したサーボ、インバータ製品でも世界トップシェアを誇るほか、
国内で稼働中の鉄鋼プラントには、安川電機の制御装置が100%採用されています。
昭和29年(1954年)建造のモダンな本社社屋は世界的な建築家アントニン・レーモンドの
代表作として知られ、北九州市都市景観賞も受賞。ロボットがロボットを作る世界最大規模の
ロボット工場「モートマンセンタ」には、これまで10万人以上が見学に訪れています。


関連リンク】
近代化産業遺産 in 北九州
近代化産業遺産 製鉄編

北九州の産業観光ツアー 
女子大生が企画 北九州の魅力再発見ツアー【世界遺産編】

 

 


安川電機

株式会社安川電機 

産業用ロボットやサーボやインバーター、更には製鉄用の制御装置を製作している会社。
創業は大正4年(1915年)、創業者である
安川敬一郎が、息子・健次郎(松本)・清三郎・
第五郎とともに設立した合資会社安川電機製作所が始まり。
     

基本情報

 業 種

 電気機器

 資本金

 230億円

 本 社

 北九州市八幡西区黒崎城石21

 所在地

北九州市八幡西区黒崎城石21

 所在地電話番号

093-645-7705

 URL

http://www.yaskawa.co.jp/

 創業年

大正4(1915)

 従業員数

 14,000人(連結)

 上 場

 東証1

会社プロフィール
創業当時は、主に筑豊炭坑向けの産業用電動機とその制御装置を製造しました。
その後、電動機と制御器を中心に技術開発や製品の高度化を図りました。とくに国産初の
ボールベアリング付きモータはヒット商品となり「モータの安川」の地位を築きました。

その後、電動機と制御器を中心に技術開発や製品の高度化を図りました。とくに国産初の
ボールベアリング付きモータはヒット商品となり「モータの安川」の地位を築きました。

戦後は産業機械向けの小型モータや可変速モータ、さらに工作機械へと進出ました。
昭和33年(1958年)に現在のサーボモータの原型となるミナーシャモータを開発しました。
サーボモータやインバータなどモータ本体の進化と同時に機能と制御を総合化する技術、
産業用エレクトロニクスへの積極的進出をいち早く決断。産業ロボットへ進みます。

昭和47年(1972年)からは、産業用ロボットの独自開発を開始。昭和52年(1977年)に国内初の
全電動式垂直多関節形ロボット「MOTOMAN」を販売して依頼、これまでに世界中へ27万台以上も
出荷され、アーク溶接など自動車産業をはじめとする機械組立工場には欠かせないものとなっています。
 また、現在は制御技術を駆使したサーボ、インバータ製品でも世界トップシェアを誇るほか、
国内で稼働中の鉄鋼プラントには、安川電機の制御装置が100%採用されています。
昭和29年(1954年)建造のモダンな本社社屋は世界的な建築家アントニン・レーモンドの
代表作として知られ、北九州市都市景観賞も受賞。ロボットがロボットを作る世界最大規模の
ロボット工場「モートマンセンタ」には、これまで10万人以上が見学に訪れています。


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門司麦酒煉瓦館

門司麦酒煉瓦館

九州初の麦酒工場
明治45年(1912年)門司市の合資会社九州興業仲介所代表社員山田弥八郎らが、
当時隆盛を誇った神戸市の鈴木商店の援助を受け、大里町に工場用地を取得し、
帝国麦酒㈱を設立しました。
大正2年に帝国麦酒㈱工場が竣工し醸造を開始しまし、「サクラビール」を発表して、
ビール業界への参入を果たした。
     
以来、「桜麦酒」『大日本麦酒』「日本麦酒」「サッポロビール」と社名変更、合併、分割と
会社形態の変遷をたどりながらも北九州門司の産業を支え続けてきました。
平成12年(2000年)大分県日田市に新九州工場が竣工され、九州工場は閉鎖となり、
この地における87年間のビール製造の歴史に幕を閉じた。

その後、土地区画整理事業として基盤整備を行い、建物の保存し活用されています。
保存された建物群は平成19年(2007年)に国の登録有形文化財に登録されました。
また、平成21年(2009年)に、近代化産業遺産続33(33九州窯業 – 北九州市の
鉱滓煉瓦製造関連遺産)に、門司麦酒煉瓦館・旧サッポロビール醸造棟・赤煉瓦交流館が
認定されました。

門司麦酒煉瓦館
旧工場事務所を改装。ビールの歴史と門司麦酒工場・九州工場の沿革のほか、
ビールの製造や原材料・缶・ビンのリサイクルについての解説展示を行っています。

赤煉瓦交流館
旧倉庫棟を改装。赤煉瓦ホール及び会議室A・B・Cの4室とレストラン「ARK」が設けられています。

赤煉瓦写真館
旧組合棟を改装。この建物のみ大正6年(1917年)の建築です。旧サッポロビール醸造棟。


関連リンク】
近代化産業遺産 in 北九州
近代化産業遺産 製鉄編

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関門製糖

関門製糖株式会社 

門司の地で砂糖をつくり続けて100年の伝統企業です。
明治37年に設立さて、鈴木商店の飛躍の原動力となりました。
   

基本情報

 業 種

 食品製造(砂糖の精製)

 資本金

  10億円

 本 社

  北九州市門司区大里本町1丁目21

 所在地

北九州市門司区大里本町1丁目21

 所在地電話番号

  093-381-0531

 URL

 創業年

  明治37(1904)

 従業員数

  60

 上 場

会社プロフィール
ばら印とスズラン印の砂糖を製造する関門製糖(株)の前身は、明治37年(1904年)
鈴木商店が門司に創業した大里精糖所です。
門司が選ばれたのは原料糖(甘しょ)と石炭の調達、船舶と工業用水の確保が
便利だったことが主な理由でした。

明治40年(1907年)大里精糖所は売却され、大日本製糖(株)門司工場となりました。
その後、西日本製糖(株)と社名が変わり、さらに平成13年(2001年)には
日本甜菜製糖(株)と大日本明治製糖(株)(大日本製糖(株)と明治製糖(株)の合併会社)の
砂糖製造を行う生産受託会社となり、社名が関門製糖(株)になりました。

関門海峡を望む工場で砂糖を作り続けて108年、いまも現役の赤レンガ倉庫
(建築年不詳)が歴史を伝えています。
一方、工場はコンピュータシステムによる一貫生産を行っています。
原料糖は主にオーストラリアとタイからの輸入で、約2km離れた門司港公共埠頭で
荷揚げされ、工場内の原料糖倉庫に運ばれます。倉庫は最高21,000t(約40日分)
貯蔵でき、ベルトコンベアで工場内に運ばれます。
現在は大日本明治ブランド(ばら印)と日本甜菜ブランド(スズラン印)の砂糖を
年間12万t製造しています。


 

門司麦酒煉瓦館

門司麦酒煉瓦館

九州初の麦酒工場
明治45年(1912年)門司市の合資会社九州興業仲介所代表社員山田弥八郎らが、
当時隆盛を誇った神戸市の鈴木商店の援助を受け、大里町に工場用地を取得し、
帝国麦酒㈱を設立しました。
大正2年に帝国麦酒㈱工場が竣工し醸造を開始しまし、「サクラビール」を発表して、
ビール業界への参入を果たした。
     
以来、「桜麦酒」『大日本麦酒』「日本麦酒」「サッポロビール」と社名変更、合併、分割と
会社形態の変遷をたどりながらも北九州門司の産業を支え続けてきました。
平成12年(2000年)大分県日田市に新九州工場が竣工され、九州工場は閉鎖となり、
この地における87年間のビール製造の歴史に幕を閉じた。

その後、土地区画整理事業として基盤整備を行い、建物の保存し活用されています。
保存された建物群は平成19年(2007年)に国の登録有形文化財に登録されました。
また、平成21年(2009年)に、近代化産業遺産続33(33九州窯業 – 北九州市の
鉱滓煉瓦製造関連遺産)に、門司麦酒煉瓦館・旧サッポロビール醸造棟・赤煉瓦交流館が
認定されました。

門司麦酒煉瓦館
旧工場事務所を改装。ビールの歴史と門司麦酒工場・九州工場の沿革のほか、
ビールの製造や原材料・缶・ビンのリサイクルについての解説展示を行っています。

赤煉瓦交流館
旧倉庫棟を改装。赤煉瓦ホール及び会議室A・B・Cの4室とレストラン「ARK」が設けられています。

赤煉瓦写真館
旧組合棟を改装。この建物のみ大正6年(1917年)の建築です。旧サッポロビール醸造棟。


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近代化産業遺産 in 北九州
近代化産業遺産 製鉄編

北九州の産業観光ツアー

 

関門製糖

関門製糖株式会社 

門司の地で砂糖をつくり続けて100年の伝統企業です。
明治37年に設立さて、鈴木商店の飛躍の原動力となりました。
   

基本情報

 業 種

 食品製造(砂糖の精製)

 資本金

  10億円

 本 社

  北九州市門司区大里本町1丁目21

 所在地

北九州市門司区大里本町1丁目21

 所在地電話番号

  093-381-0531

 URL

 創業年

  明治37(1904)

 従業員数

  60

 上 場

会社プロフィール
ばら印とスズラン印の砂糖を製造する関門製糖(株)の前身は、明治37年(1904年)
鈴木商店が門司に創業した大里精糖所です。
門司が選ばれたのは原料糖(甘しょ)と石炭の調達、船舶と工業用水の確保が
便利だったことが主な理由でした。

明治40年(1907年)大里精糖所は売却され、大日本製糖(株)門司工場となりました。
その後、西日本製糖(株)と社名が変わり、さらに平成13年(2001年)には
日本甜菜製糖(株)と大日本明治製糖(株)(大日本製糖(株)と明治製糖(株)の合併会社)の
砂糖製造を行う生産受託会社となり、社名が関門製糖(株)になりました。

関門海峡を望む工場で砂糖を作り続けて108年、いまも現役の赤レンガ倉庫
(建築年不詳)が歴史を伝えています。
一方、工場はコンピュータシステムによる一貫生産を行っています。
原料糖は主にオーストラリアとタイからの輸入で、約2km離れた門司港公共埠頭で
荷揚げされ、工場内の原料糖倉庫に運ばれます。倉庫は最高21,000t(約40日分)
貯蔵でき、ベルトコンベアで工場内に運ばれます。
現在は大日本明治ブランド(ばら印)と日本甜菜ブランド(スズラン印)の砂糖を
年間12万t製造しています。


 

ニッカウヰスキー

ニッカウヰスキー株式会社 

鈴木商店が大正3年に設立した大里酒精製造所が始まり。
現在、約20種類の焼酎原酒を製造しています。
    
「かのか(麦・米・芋)」以外にも、麦焼酎の「玄海」「綺羅麦」「穂の舞」、米焼酎の
「大地の穣」、そば焼酎の「玄庵」、芋麦ブレンド焼酎の「とんぼの昼寝」、
泡盛の「うみそら」

基本情報

 業 種

 酒類製造

 資本金

 1億円

 本 社

 東京都港区南青山5丁目431

 所在地

北九州市門司区大里元町2-1

 所在地電話番号

 電話 093-381-1431

 URL

 http://www.nikka.com/index.html

 創業年

 大正3(1914年)

 従業員数

 約280

 上 場

  ―

会社プロフィール
大正3年(1914年)の創立以来、一貫して焼酎(かのか・大五郎・玄海など)を
中心に製造している、レンガ造りが特徴の工場です。
麦や米、そばを原料として焼酎の醸造、蒸留、精製、貯蔵・熟成、ブレンド、充填と
製造にかかる全ての工程を一貫して行う、日本でも有数の規模の焼酎工場です。

ニッカウヰスキー㈱門司工場の歴史は、大正3年(1914年)当時最大の
財閥であった鈴木商店が建設した焼酎工場「大里酒精製造所」から始まります。
創業以降、数々の合併等により日本酒類醸造㈱、大日本酒類醸造㈱、
大日本発酵工業株、日本酒類㈱と社名が変わり、昭和35年(1960年)には
協和発酵工業㈱の主力焼酎工場として40年にわたり焼酎を製造してきました。
平成12年(2002年)に協和発酵工業㈱の酒類事業がアサヒビール㈱に
分割譲渡されアサヒ協和酒類製造㈱となり、さらに平成18年(2006年)に
アサヒ協和酒類製造㈱は同じアサヒビールグループの蒸留酒の製造会社である
ニッカウヰスキー㈱と合併し、現在のニッカウヰスキー㈱門司工場となりました。

このレンガ造りの倉庫群は、元は平成9年(1997年)に閉鎖された隣接する
日本製粉㈱門司工場の建物で、平成12年(2000年)に協和発酵工業㈱により
購入修復され、現在でもニッカウヰスキー㈱の倉庫として利用されています。

ニッカウヰスキー㈱門司工場は、約20種類の焼酎原酒を製造しており、それらの
原酒を使用して、主要製品である「かのか(麦・米・芋)」以外にも、麦焼酎の
「玄海」「綺羅麦」「穂の舞」、米焼酎の「大地の穣」、そば焼酎の「玄庵」、
芋麦ブレンド焼酎の「とんぼの昼寝」、泡盛の「うみそら」など数多くの焼酎を
製造しています(販売はアサヒビール㈱がしています)。こういった数多くの焼酎を
単一の工場で造り分けできるのが当工場の誇りの一つです。
また、「びん」、「一升瓶」「紙パック」「ペットボトル」業務用の「バックインボックス」と
様々なタイプの容器に充填できる7系統の充填ラインがあります。

レンガ倉庫前には花壇があり、春は菜の花、秋はコスモス、毎年種を蒔き、
開花時季にはレンガ倉庫に彩りを添えています。


 

ニッカウヰスキー

ニッカウヰスキー株式会社 

鈴木商店が大正3年に設立した大里酒精製造所が始まり。
現在、約20種類の焼酎原酒を製造しています。
    
「かのか(麦・米・芋)」以外にも、麦焼酎の「玄海」「綺羅麦」「穂の舞」、米焼酎の
「大地の穣」、そば焼酎の「玄庵」、芋麦ブレンド焼酎の「とんぼの昼寝」、
泡盛の「うみそら」

基本情報

 業 種

 酒類製造

 資本金

 1億円

 本 社

 東京都港区南青山5丁目431

 所在地

北九州市門司区大里元町2-1

 所在地電話番号

 電話 093-381-1431

 URL

 http://www.nikka.com/index.html

 創業年

 大正3(1914年)

 従業員数

 約280

 上 場

  ―

会社プロフィール
大正3年(1914年)の創立以来、一貫して焼酎(かのか・大五郎・玄海など)を
中心に製造している、レンガ造りが特徴の工場です。
麦や米、そばを原料として焼酎の醸造、蒸留、精製、貯蔵・熟成、ブレンド、充填と
製造にかかる全ての工程を一貫して行う、日本でも有数の規模の焼酎工場です。

ニッカウヰスキー㈱門司工場の歴史は、大正3年(1914年)当時最大の
財閥であった鈴木商店が建設した焼酎工場「大里酒精製造所」から始まります。
創業以降、数々の合併等により日本酒類醸造㈱、大日本酒類醸造㈱、
大日本発酵工業株、日本酒類㈱と社名が変わり、昭和35年(1960年)には
協和発酵工業㈱の主力焼酎工場として40年にわたり焼酎を製造してきました。
平成12年(2002年)に協和発酵工業㈱の酒類事業がアサヒビール㈱に
分割譲渡されアサヒ協和酒類製造㈱となり、さらに平成18年(2006年)に
アサヒ協和酒類製造㈱は同じアサヒビールグループの蒸留酒の製造会社である
ニッカウヰスキー㈱と合併し、現在のニッカウヰスキー㈱門司工場となりました。

このレンガ造りの倉庫群は、元は平成9年(1997年)に閉鎖された隣接する
日本製粉㈱門司工場の建物で、平成12年(2000年)に協和発酵工業㈱により
購入修復され、現在でもニッカウヰスキー㈱の倉庫として利用されています。

ニッカウヰスキー㈱門司工場は、約20種類の焼酎原酒を製造しており、それらの
原酒を使用して、主要製品である「かのか(麦・米・芋)」以外にも、麦焼酎の
「玄海」「綺羅麦」「穂の舞」、米焼酎の「大地の穣」、そば焼酎の「玄庵」、
芋麦ブレンド焼酎の「とんぼの昼寝」、泡盛の「うみそら」など数多くの焼酎を
製造しています(販売はアサヒビール㈱がしています)。こういった数多くの焼酎を
単一の工場で造り分けできるのが当工場の誇りの一つです。
また、「びん」、「一升瓶」「紙パック」「ペットボトル」業務用の「バックインボックス」と
様々なタイプの容器に充填できる7系統の充填ラインがあります。

レンガ倉庫前には花壇があり、春は菜の花、秋はコスモス、毎年種を蒔き、
開花時季にはレンガ倉庫に彩りを添えています。


 

産業観光

春を満喫しよう! 北九州の産業観光

日本の産業近代化の礎を築き、未来へ羽ばたく環境未来都市・北九州市。
その歴史は「物語」がある、その未来には「ロマン」がある。 
世界に類のない豊富な産業観光の資源をもつ福岡県北九州市。
日本を代表し、その未来に挑戦し続ける街「ものづくり産業」を見て・触れて・学びませんか。 
 

  

 スケジュール
コースNo
日程
ツアー名
受付状況
1
217日(火)
阪九フェリー&日産自動車九州&リョーワ
昼食:苅田港・割烹天龍
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2
223日(月)
中央卸売市場&・九州電力&洞海湾クルージング
昼食:市場の社員食堂
t
 
3
36日(金)
ニッカウヰスキー&門司麦酒煉瓦館&溝上酒造
昼食:門司・海峡ふくステーt
t
 
4
319日(木)
TOTO小倉第一工場&TOTO歴史資料館&関門製糖
昼食:ツアー限定小倉牛
t
 
5
324日(火)
直方市石炭記念館&八幡製鉄所&堀川
昼食:特製・産業観光弁当
t
 
6
326日(木)
八幡製鉄所&安川電機
昼食:西日本工業倶楽部
t
 
7
42日(木)
八幡製鉄所&ニッスイパイオニア館&洞海湾クルーズ
t
 
8
48日(水)
直方市石炭記念館&安川電機&わかちく資料館
昼食:西日本工業倶楽部
t
 
9
423日(木)
東田&河内貯水池&八幡製鉄所
昼食:大谷会館
t
 
10
427日(月)
シャボン玉石けん&環境先進地域響灘
昼食:若松北海岸・割烹かねやす
t
 

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