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北九州市内ツアー / 北九州魅力再発見 & 自慢ツアー
2021/06/07
北九州市内ツアーお客様の団体のための、北九州発着のオーダーメイドバスツアーです。 北九州の知られざる魅力を紹介するツアーで、自治会、婦人会、老人クラブや同窓会などの 団体で旅行を楽しみませんか。また北九州市民のシビックプライド醸成にも役立つツアーです。 更に、小学校、中学校や高校の修学旅行や大学の研修ツアーにもご利用ください。 ツアーのポイント 北九州市は古くから多くの人々が生活を営み、そして今から約130年前の門司が特別輸出港に 指定されて以来、常に日本の先頭を走り続けて産業近代化に大きく貢献し、現在は環境未来都市 として頑張っています。その北九州市には、知られざるものや自慢する話が沢山あります。 このツアーでは、北九州を巡りながら、北九州の魅力と自慢をたっぷり紹介します。 ツアーガイド:ジャパン九州ツーリスト㈱ 近藤 行 程 8:00 北九州のご指定の場所出発 ・めかり第二展望台 ・関門人道トンネル ( 門司から下関へ徒歩で渡る) === 関門橋を利用して門司港へ === ・門司港駅 ・旧門司三井倶楽部 === 国道199号で戸畑へ === ・西日本工業倶楽部で昼食 ・小倉城 ・世界遺産・旧本事務所 ・東田第一高炉 ・河内貯水池 17:00 北九州のご指定の場所解散 北九州魅力再発見ツアーの見どころ めかり第二展望台 北九州の絶景スポットの一つで、瀬戸内海国立公園の西側の起点です。 本州と九州に連なる山々、その間を湾曲し川のように流れる関門海峡、行き交う船の数々。 関門海峡を一望できる展望台からは、門司港市街から下関市街までの大パノラマが広がります。 日中はもちろん、ライトアップした関門橋や市街地の灯りが彩る夜景も格別です。 また道沿いには、有田焼のレリーフで源平壇之浦合戦の模様を描いた壁画があります。 関門橋 門司港レトロ 有田焼で描いた源平壇之浦合戦 関門人道トンネル 世界でここだけ! 海峡を歩いて渡れます! 1958年(昭和33年)に開通した海峡を歩いて横断できる世界でも珍しい海底トンネルです。 距離は780m、徒歩約15分で本州 山口県下関市に行くことができます。 自転車や原付を押しての通行も可能です。 門司港駅 1988年(昭和63年)には鉄道駅舎として初めて国の重要文化財に指定され、現在では東京駅と 2つが国の重要文化財です。1914年(大正3年)に門司駅(当時)として開業、1942年(昭和17年)に 門司港駅と改称されました。建物は、フレンチ・ルネッサンス調との木造二階建て建築で、 ドイツ人技師ヘルマン・ルムシュッテルの監修によるものです。 旧門司三井倶楽部 1921年に三井物産の社交倶楽部として作られた建物です。ハーフティンバー様式と呼ばれる ヨーロッパ伝統の木造建築工法で作られ、門司港駅と同様に国の重要文化財に指定されています。 1922年にアインシュタイン博士が全国を講演する為に来日した際に、三井倶楽部に宿泊しました。 博士が宿泊した部屋は当時の様子を再現しています。 西日本工業倶楽部(旧松本家住宅) 戸畑の夜宮公園の南隅の鬱蒼とした松林の中に溶け込むように邸宅の門を構える アール・ヌーボーの館と称され、国の重要無形文化財に指定されています。 旧松本家住宅は、炭鉱主・実業家の松本健次郎が自分と家族の住宅と明治専門学校(父安川敬一郎と ともに創立した学校で現在の九州工業大学)の迎賓館を兼ねて建てたものです。 小倉城 北九州のランドマークである小倉城。あまり大きく見えない天主閣であるが、実は全国で6番目の 高さです。1602年から細川忠興が約7年かけて唐造の天守閣を築城し、細川氏の熊本転封の後、 1632年に譜代大名である小笠原忠真が入城し、以後幕末まで小笠原氏が居城しました。 世界遺産 / 旧本事務所 日本の産業近代化の歴史を見て来た旧本事務所。 1901年(明治34年)に製鉄所が創業し、富国強兵の基製鉄所が次々と拡張していきました。 そのため、本事務所は手狭になり、その機能は1922年には新しい2代目の本事務所(枝光)に 移りました。その後、初代の本事務所は製鉄製品の研究所や、様々な目的で使用されました。 そして、現在まで日本の産業近代化の歴史を見続けて来た本事務所です。 東田第一高炉 ものづくりの息吹を感じる日本の産業近代化の聖地。世界でここだけ 高炉設備一式が完全な形で 保存されているところ!1901年(明治34年)日本の近代製鉄がここで生まれた。多くの人々の手に よって日本の産業近代化の礎がここで築かれた。そして、日本の産業発展の道程、先人たちの功績を 後世に伝えるべく1972年(昭和47年)まで操業を続けた10代目の東田第一高炉が保存されています。 河内貯水池 八幡製鐵所の第三次拡張工事での水源地拡張対策の一環として1919年(大正8年)に竣工し、 8年の歳月をかけて、延90万人の人々の手で1927年(昭和2年)に完成しました。その総指揮者が、 土木技師の沼田尚徳、当時は東洋最大級のダムで、「土木は悠久の記念碑」というヨーロッパの 土木哲学を具現化すべく英知と情熱を注いだ大事業です。河内貯水池は近代化産業遺産としての 価値だけでなく、北九州のエコの原点や未来を見据えたSDGsの取組みを学ぶことの出来るところです。 オプション 皿倉山からの夜景は世界一 観た人誰もが世界一と絶賛する、日本新三大夜景に登録されている皿倉山からの北九州の夜景。 しかし稲佐山からの長崎の夜景は日本新三大夜景と世界三大夜景にも登録されています。 果して長崎の夜景が北九州の夜景より素晴らしいのでしょうか。その答えは対比すると分かります。 夜景の規模そして光の数と密度が全然違います。ケーブルカーとスロープカーを使えば、 皿倉山山頂まで10分で行けます。是非世界一の夜景を自分の眼で観に行きましょう。 北九州自慢の紹介 ツアーの中で、関連するところで紹介していきます 自然豊かな都市 北九州市な周囲を海(玄界灘、関門海峡、瀬戸内海)、山そして川に囲まれた自然豊かなまちです。 その証明が全国でも稀な、1つの国立公園(瀬戸内海国立公園)、2つの国定公園 (北九州国定公園、玄海国定公園)を持つ都市です。また、都心から近いところに、多くのほたるの 鑑賞地があるのも、北九州市が自然豊かで生き物たちにやさしいところであることを物語っています。 日本で一番 基幹産業に適した場所 1901年(明治34年)に日本の近代製鉄が八幡で産声をあげ、北九州が日本の産業近代化に大きく貢献 したことは言うまでもありません。ではなぜ北九州が、その舞台となったのか?全国17の候補地 (その中に北九州が3ヶ所)から様々な条件を評価し、最終的に製鉄所が八幡が選ばれました。 製鉄以外でも多くの産業がこの地で生まれ、常に日本の産業をリードして来ました。 八幡 & 戸畑 小倉 & 大里 小倉 & 門司 産業関連遺産が多い都市 北九州市はまさに産業関連遺産の宝庫です。世界遺産に登録された明治日本の産業革命遺産である 旧本事務所や遠賀川水源地ポンプ室、鉄道駅舎として初めて国の重要文化財に指定され門司港駅、 製鉄関連の遺産をはじめとした多くの産業遺産があります。このことは、北九州市が日本の 産業近代化に大きく関わっていることの証明です。 日本一の産業観光のまち 北九州市は、1901年(明治34年)に日本の近代製鉄が八幡で産声をあげた場所です。 また、製鉄以外でも、機械、化学や窯業をはじめとして様々な産業がこの地生まれた ところで、産業観光の宝庫です。 北九州の地図 お問合せ・お申込先 ジャパン九州ツーリスト株式会社 福岡県知事登録旅行業 第3-688号 電話 093-521-8897 FAX 093-521-8898 Email info@japan-kyushu-tourist.com 〒802-0001 北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6階 ホーム 北九州発バスツアー 環境・エコツアー 修学旅行 個人旅行 九州の観光情報 外国人旅行
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小伊藤山公園
2021/06/07
北九州歴史秘話1945年(昭和20年)8月8日の八幡大空襲 大量の焼夷弾を投下され、約2500人の人たちの大切な命が奪われました。 その惨劇の象徴とされるのが今のJR八幡駅近くにあった小高い丘の「小伊藤山」。 内部に掘られた横穴防空壕に逃げた大勢の人は煙に包まれ、窒息などで約300人の 犠牲者が出たとされています。 その霊を慰めるため、1952年(昭和27年)に小伊藤山公園に慰霊塔が建てられました。 1953年(昭和28年)には、八幡の戦後復興と世界の平和を祈念して、彫刻家樽谷清太郎氏 によるブロンズの復興平和記念像が設置されました。 小伊藤山公園内の慰霊塔 小伊藤山公園から望む 皿倉山 復興平和記念像 基本情報 ・住 所 北九州市八幡東区尾倉2-8 ・アクセス JR八幡駅から徒歩5分 ホーム 北九州発バスツアー 環境・エコツアー 修学旅行 個人旅行 九州の観光情報 外国人旅行
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北九州市内ツアー / 北九州の近代の歴史を学ぶ旅
2021/06/07
北九州市内ツアーお客様の団体のための、北九州発着のオーダーメイドバスツアーです。 北九州の知られざる魅力を紹介するツアーで、自治会、婦人会、老人クラブや同窓会などの 団体で旅行を楽しみませんか。また北九州市民のシビックプライド醸成にも役立つツアーです。 更に、小学校、中学校や高校の修学旅行や大学の研修ツアーにもご利用ください。 ツアーのポイント 世界中の人々がコロナ禍で苦労しているなか、北九州の歴史をみれば 明るい未来に向けた多くのヒントやメッセージがあります。 1889年に門司港が特別輸出港に指定されてから北九州の近代の歴史、すなわち日本の 産業近代化の歴史が始まります。そして1901年に日本の近代製鉄がこの地で産声を上げ 多くの産業がこの地で生まれ、日本の産業近代化に大きく貢献したところです。 戦争と共に発展した日本の近代化、原爆の投下の候補地だった小倉、公害を経験したところ、 そして現在は環境未来都市で更にはSDGs 未来都市。 世界一の工業立国となった、日本の近代歴史の縮図がここにあります。 このツアーで北九州の歴史を知って、新しい未来のことをみんなで考えましょう。 ツアーガイド:ジャパン九州ツーリスト㈱ 近藤 行 程 9:00 北九州市のご指定の場所出発 ・めかり第二展望台 ・門司港 ・大里 (車窓から)日本の産業近代化に貢献した鈴木商店を紹介 ・若松南海岸 ・小倉リーセントホテルで昼食 ・勝山公園 & 小倉城 ・八幡泊地 ・世界遺産 / 旧本事務所 ・東田第一高炉 ・小伊藤山公園(車窓から) ・河内貯水池 17:00頃 北九州市のご指定の場所解散 旅の見どころ めかり第二展望台 北九州の絶景スポットの一つで、瀬戸内海国立公園の西側の起点です。 本州と九州に連なる山々、その間を湾曲し川のように流れる関門海峡、行き交う船の数々。 関門海峡を一望できる展望台からは、門司港市街から下関市街までの大パノラマが広がります。 日中はもちろん、ライトアップした関門橋や市街地の灯りが彩る夜景も格別です。 また道沿いには、有田焼のレリーフで源平壇之浦合戦の模様を描いた壁画があります。 関門橋 門司港レトロ 有田焼で描いた源平壇之浦合戦 門司港 門司港が1889年に大陸貿易の拠点として特別輸出港に指定され、この地に多くの産業が生まれ、 ここから日本の産業近代化が始まりました。また、ノーベル物理学賞受賞のアインシュタインが 1922年に初めて来日して、門司港に滞在しその時に ❝見るもの全てが芸術作品❞と門司港を 絶賛しました。2017年(平成29年)には、門司港レトロを含む関門海峡が、 ”関門”ノスタルジック海峡として日本遺産に登録されました。 日本の産業近代化に貢献した鈴木商店 門司港が1889年(明治22年)に国の特別貿易港に指定されると、実業家や貿易商が こぞってこの地を目指し、三井や三菱などの財閥もこの地に進出を図ります。 門司港が繁栄していく中、わずか数キロ先の門司・大里地区に神戸の貿易商「鈴木商店」 が目を付けて進出してきました。そして、帝国麦酒(サッポロビール)をはじめ、多くの 企業を立上げ、日本の産業近代化に大きく貢献してきました。 若松南海岸 明治時代の初めまでは、普通の漁村にすぎませんでしたが、日本の工業の発展とともに、 石炭の需要が増えていき、石炭の積み出し港として発展していきました。 1898年(明治31年)には若松港が開港し、石炭がどんどんと鉄道を使って若松港に集められ 全国に送っていき、“石炭の町、若松”として日本中に知られていきます。 その当時に立てられた建築物群を中心とした近代港湾都市固有の帯状の都市空間で、石炭景気に 沸いた若松の歴史と発展を伝えるとともに景観的にも美しい地域です。 勝山公園 小倉城を中心として広がる公園で、紫川と一体となった都心部の憩いの場として、多くの市民に 親しまれています。勝山公園は小倉陸軍造兵廠敷地の一部で、1945年(昭和20年)8月9日の 原爆投下の目標とされました。しかし、8月8日の八幡大空襲の煙と八幡製鐵所でコールタールを 燃やして黒い煙幕を上げたため造兵廠の位置が確認できず、急遽変更し長崎に原爆が投下され ました。そのような歴史的経緯から、公園内に「長崎の鐘」が設置され、毎年8月9日の長崎原爆の 日には北九州市民による慰霊祭が行われています。 八幡泊地 日本の近代製鉄の歴史はここから始まった場所です。八幡製鐵所がこの地に建設され、 製品積出しに頻繁に利用され、日本産業の最前線を担ってきました。 世界遺産 / 旧本事務所 1897年(明治30年)に八幡の地に近代製鉄所を建設することが決定されてから、わずか4年で 製鉄所を完成させました。その製鉄所の指令を行うところが本事務所。外側が赤煉瓦のモダンな 建物です。1901年(明治34年)に製鉄所が創業し、富国強兵の基製鉄所が次々と拡張しました。 そのため、本事務所は手狭になり、その機能は1922年には新しい2代目の本事務所(枝光)に 移りました。その後、初代の本事務所は製鉄製品の研究所や、様々な目的で使用されました。 そして、現在まで日本の産業近代化の歴史を見続けて来た本事務所です。 東田第一高炉 ものづくりの息吹を感じる日本の産業近代化の聖地です。世界でここだけ 高炉設備一式が 完全な形で保存されているところ! 1901年(明治34年)日本の近代製鉄がここで生まれました。 多くの人々の手によって日本の産業近代化の礎がここで築かれた。そして、日本の産業発展の道程、 先人たちの功績を後世に伝えるべく1972年(昭和47年)まで操業を続けた10代目の東田第一高炉が 保存されています。 小伊藤山公園 1945年(昭和20年)8月8日の八幡大空襲。大量の焼夷弾を投下され、約2500人の人たちの 大切な命が奪われました。その惨劇の象徴とされるのが今のJR八幡駅近くにあった小高い丘の 「小伊藤山」。内部に掘られた横穴防空壕に逃げた大勢の人は煙に包まれ、窒息などで約300人の 犠牲者が出たとされています。その霊を慰めるため、1952年(昭和27年)に小伊藤山公園に 慰霊塔が建てられました。1953年(昭和28年)には、八幡の戦後復興と世界の平和を祈念して、 復興平和記念像が設置されました。 河内貯水池 八幡製鐵所の第三次拡張工事での水源地拡張対策の一環として1919年(大正8年)に竣工し、 8年の歳月をかけて、延90万人の人々の手で1927年(昭和2年)に完成しました。 その総指揮者が、土木技師の沼田尚徳、当時は東洋最大級のダムで、「土木は悠久の記念碑」という ヨーロッパの土木哲学を具現化すべく英知と情熱を注いだ大事業です。 河内貯水池は近代化産業遺産としての価値だけでなく、北九州のエコの原点や未来を見据えた SDGsの取組みを学ぶことの出来るところです。 旅行代金 お客様の人数、発着場所、食事の内容や訪問する観光施設等の旅行条件に従い パッケージとして見積致します。 北九州の地図 お問合せ・お申込先 ジャパン九州ツーリスト株式会社 福岡県知事登録旅行業 第3-688号 電話 093-521-8897 FAX 093-521-8898 Email info@japan-kyushu-tourist.com 〒802-0001 北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6階 ホーム 北九州発バスツアー 環境・エコツアー 修学旅行 個人旅行 九州の観光情報 外国人旅行
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北九州市内ツアー / 世界遺産 & 近代化産業遺産の旅
2021/06/07
北九州市内ツアーお客様の団体のための、北九州発着のオーダーメイドバスツアーです。 北九州の知られざる魅力を紹介するツアーで、自治会、婦人会、老人クラブや同窓会などの 団体で旅行を楽しみませんか。また北九州市民のシビックプライド醸成にも役立つツアーです。 更に、小学校、中学校や高校の修学旅行や大学の研修ツアーにもご利用ください。 ツアーのポイント 1901年に官営八幡製鐵所が操業を開始し、日本の産業化の歩みがこの地で始まりました。 そして、鉄鋼を中心として様々な産業が誕生し、短期間うちに世界一の工業立国にまでなった、 日本の産業近代化に大きく貢献したところです。このツアーは単に遺産の紹介ではなく、 その歴史の中で造られた、世界遺産を含む産業遺産を巡りながら、如何にして世界一の工業立国 になったのかを、遺産の裏側に秘められた先人達の未来を見据えた取組や、外国との関わり等の 知られざる事がらなども紹介していきます。 北州の産業発展の歴史と遺産の裏側を知れば、新しい未来が見えてきます。 ツアーガイド:ジャパン九州ツーリスト 近藤 行 程 9:00 北九州のご指定の場所 出発 ・くろがね線 ・八幡泊地 ・東田第一高炉 ・世界遺産 / 旧本事務所 ・小倉リーセントホテルで昼食 ・河内貯水池 ・世界遺産 / 遠賀川水源地ポンプ室 17:00頃 北九州のご指定の場所 解散 注)北九州市以外の場合 発着場所にあわせて別途スケジュールを提示致します。 旅の見どころ くろがね線 戸畑と八幡を結八幡製鐵所の専用鉄道 八幡製鐵所は、戸畑で操業していた東洋製鐵と1921年に合併した当時から、戸畑地区で生成する 熔銑を船舶で八幡へと輸送していたが、海上輸送のリスクと不経済性が指摘されていました。 一方八幡地区では、高炉の溶銑をつくるときの副産物である鉱滓(スラグ)の処理が問題化しており これらの打開策として建設されたのが、戸畑地区と八幡地区を鉄道で結ぶくろがね線です。 八幡泊地 日本の近代産業の歴史はここから始まった 八幡製鐵所がこの地に建設され、製品積出しに頻繁に利用され、日本産業の最前線を 担ってきました。現在は港湾緑地帯として整備され、ベンチに座り洞海湾を望むことの できる市民の憩いの場となっており、ウォーキングやジョギングに最適の場所で、 美しい夕陽も望めます。 東田第一高炉 ものづくりの息吹を感じる日本の産業近代化の聖地。 世界でここだけ 高炉設備一式が完全な形で保存されているところ! 1901年(明治34年)日本の近代製鉄がここで生まれた。多くの人々の手によって日本の産業近代化の 礎がここで築かれた。そして、日本の産業発展の道程、先人たちの功績を後世に伝えるべく 1972年(昭和47年)まで操業を続けた10代目の東田第一高炉が保存されています。 世界遺産 / 旧本事務所 1897年(明治30年)に八幡の地に近代製鉄所を建設することが決定されてから、わずか4年で 製鉄所を完成させました。その製鉄所の指令を行うところが本事務所。外側が赤煉瓦のモダンな 建物です。1901年(明治34年)に製鉄所が創業し、富国強兵の基製鉄所が次々と拡張していき ました。そのため、本事務所は手狭になり、その機能は1922年には新しい2代目の本事務所 (枝光)に移りました。その後、初代の本事務所は製鉄製品の研究所や、様々な目的で 使用されました。そして、現在まで日本の産業近代化の歴史を見続けて来た本事務所です。 河内貯水池 八幡製鐵所の第三次拡張工事での水源地拡張対策の一環として1919年(大正8年)に竣工し、 8年の歳月をかけて、延90万人の人々の手で1927年(昭和2年)に完成しました。 その総指揮者が、土木技師の沼田尚徳、当時は東洋最大級のダムで、「土木は悠久の記念碑」という ヨーロッパの土木哲学を具現化すべく英知と情熱を注いだ大事業です。 河内貯水池は近代化産業遺産としての価値だけでなく、北九州のエコの原点や未来を見据えた SDGsの取組みを学ぶことの出来るところです。 遠賀川水源地ポンプ室 世界遺産・明治日本の産業革命遺産の遠賀川水源地ポンプ室。 八幡製鐵所に水を供給するために1910年に稼働を開始し、100年以上経過した今でも、 当時と変わらぬ威厳のある姿のポンプ室から、毎日八幡製鐵所(現日本製鉄 九州製鉄所)で 必要とする水の約70%を休みなく送り続けている製鐵所の心臓部です。 旅行代金 お客様の人数、発着場所、食事の内容や訪問する観光施設等の旅行条件に従い パッケージとして見積致します。 北九州の地図 お問合せ・お申込先 ジャパン九州ツーリスト株式会社 福岡県知事登録旅行業 第3-688号 電話 093-521-8897 FAX 093-521-8898 Email info@japan-kyushu-tourist.com 〒802-0001 北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6階 ホーム 北九州発バスツアー 環境・エコツアー 修学旅行 個人旅行 九州の観光情報 外国人旅行
