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鉄鋼の産業発展物語 第1話 / 日本最古の鉄器は糸島で出土
2021/04/25
鉄鋼の産業発展物語ヨーロッパに比べて重工業が非常に遅れていた日本が、どのようにして ヨーヨッパから技術を学び、産業革命を行い、急速な産業発展がなされたのかを 時代を遡ってその物語を紹介します。 物語の始まり 鉄は稲作とともに伝わったと言われている。 日本で最も古い鉄器は、縄文時代(紀元前3~4世紀)と言われていれ、 福岡県糸島市二丈町で出土した。 弥生時代に入ると、稲作も盛んになり、斧や鍬など農機具が鉄で 造られるようになる。 その方法は「たたら製鉄」によるもので、砂鉄を用い、木炭の燃焼熱によって 砂鉄を還元し、鉄をつくる方法。 古代のたたら製鉄は、北部九州、中国地方や東北など始めとする 日本各地で行われた。 11世紀以降、砂鉄の豊富な中国地方で大型炉による鉄づくりが始まった。 15世紀の室町時代後半に入ると刀の需要が急速に増え、各地で刀鍛冶が 発達して行く。 1543年に、ポルトガル人が種子島に鉄砲を伝えた。 その一年後の1544年には、種子島の鍛冶工・八坂清定が日本初の鉄砲をつくった。 その方法は、鍛造で鉄の板をつくり、それを丸い棒に巻き付け、 溶着させる。ねじのない時代に鉄製の栓をつくり、それを溶着させて 片方を塞ぎ、苦心の末鉄砲を完成させた。 恐るべき創造力と職人業であり、これが今日のものづくり日本の原点ともいえる。 その後、刀鍛冶の盛んな地域である、和泉・堺、近江・国友、近江・日野 備前・長船、そして城下町鹿児島と仙台などで鉄砲が造られるようになる。 そして、豊臣秀吉の時代に入って、刀や鉄砲づくりの技術は更に進んでいく。 鉄鋼の産業発展物語 / 目 次 へ
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鉄鋼の産業発展物語 第2話 / 種子島に鉄砲伝来
2021/04/24
鉄鋼の産業発展物語日本に大きな変化が起きる 1543年にポルトガル人が、種子島に来て鉄砲を伝えられ、それを機に 外来の文化が入り始め、日本の中に変化が起き始める。 そして、1549年にはフランシスコ ザビエルが薩摩に来て、それから平戸、 山口などを訪問しキリスト教を伝えた。 1571年にはポルトガル船の寄港地として長崎が開港され、長崎の統治を イエズス会に託す。 豊臣秀吉は外国に日本が占領されるのではないかと、1587年のバテレン追放令を出し、 キリスト教と南蛮貿易を禁止する。 そして1588年には、豊臣秀吉が幕府の長崎を直轄地とする。 ポルトガル人に侵略を阻止するための手段として、キリスト教を封じるため、 1597年2月5日に26人のキリスト教信者が長崎の西坂の丘で磔によって処刑される。 後にカトリック教会に「日本26聖人」をして聖人に加えられた。 そして、1598に豊臣秀吉が生涯の幕を閉じ、時代は変わって行く。 鉄砲伝来後、日本の鉄づくりが急速に発展する。 鉄鋼の産業発展物語 / 目 次
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International Christian University Study tour in Kitakyushu & Nagasaki
2015/02/28
Blog, ●Study tour results, Tour resultsType of the tour : Study tour Customer : International Christian University Participant : 10 person (9 studens and 1 staff) Schedule : Februay 25 through 27, 2015 Where to visit : Kitakyushu-city and Nagasaki-city Tour conductor, guide and interpretor ; Masa Kondo, Japan KYUSHU Tourist Theme of Study Tour ・Japan’s industry development history ・Global Environment issue ・World peace Tour result Day 1, Feb. 25 Kitakyushu-city ・Kitakyushu Innovation Gallery Introducing Kitakyushu and learning the history of Kitakyushu. ・Higashida No.1 Blast Furnace Learning the Japan’s Industrial modernization and history of steel industry and environmental issue. ・Moji Port area Learning history of Japan’s Industrial modernization and sightseeing at Moji Port. Day 2, Feb. 26 Kitakyushu-city ・Kitakushu Eco-town Introducing Eco-town and established companies at Eco-town, and learning recycling businesses. Visiting the Vending machine recycle center and the Wind mill power generator. ・Lunch at Rever Walk Enjoyed sightseeing at Kokura Castle after lunch. ・Nippon Steel / Yawata Works Visiting the raw material unloading port, Tobata No.4 Blast Furnace and Hot Strip Mill. ・Transfer to Nagasaki After dinner, Enjoyed night view from Mt. Inasa called the World’s three great night view Day 3, Feb. 27 Nagasaki-city ・The Mitsubishi Archives Introducing Mitsubishi Heavy Industry and learning history of shipping industry modernization. ・Peace Park, Atomic bomb …
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女性だけの世界遺産ツアー
7月4日ごろには登録が決定される世界遺産! それに先立ち、家庭を支える女性達の世界遺産ツアーを実施しました。 北九州でどのようなドラマが展開され、世界遺産登録に繋がったかをたっぷり 紹介しました。 小倉駅北口にある、旧住金小倉製鉄所からスタートし、日本の産業発展には洋釘が 必要だと創業した安田工業、世界遺産の3施設を車窓から(眺望スペースは休み) 八幡泊地、東田第一高炉。 そしてクライマックスは洞海湾クルージング 洞海湾の歴史、製鉄所建設の経緯、産業発展の歴史等を紹介しながら、 世界遺産の3施設を見学。 旧本事務、旧鍛冶工場や修繕工場が現在まで見てきたことや経験した戦争や 公害問題等の苦難の歴史、そして環境未来都市認定までの道程を紹介しました。 最後に、今回の世界遺産は八幡製鉄所だけが貢献したのでない、 数多くの北九州の企業や北九州の皆さんの総合力で成し遂げた産業発展である ことを伝えた。 それを支えたのが、家庭で頑張った女性群であり、みんなで実現した今回の 世界遺産だと締めくくった。
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西日本工業倶楽部(旧松本家住宅)
2021/06/06
Christian Pilgrimage tour現存する洋風住宅の中で最も華麗な建築の一つ 戸畑の夜宮公園の南隅の鬱蒼とした松林の中に溶け込むように邸宅の門を構える アール・ヌーボーの館と称され、国の重要無形文化財に指定されています。 旧松本家住宅は、炭鉱主・実業家の松本健次郎が自分と家族の住宅と明治専門学校(父安川敬一郎と ともに創立した学校で現在の九州工業大学)の迎賓館を兼ねて建てたものです。 洋館と日本館を併せ持つ典型的な明治時代の上流住宅で、設計は東京駅や日本銀行の設計で 名高い辰野金吾によるもので、1912年(明治45年)に完成しました。 洋館は建坪1,100m2の木造二階建・スレート葺、日本館は建坪730m2で木造一部二階建 瓦葺で、洋館とは渡り廊下で繋がっています。 洋館の一階には大広間(162m2)が、客室、食堂、書斎など大小7室(延208m2)が 配置され、大広間から階段室を経て二階へ上がります。 二階は階上広間を囲むようの大小7室(208m2)の寝室と和洋座敷3室 (18畳、9畳、8畳)が配置されており附庇及び突起部には内玄関、厨房などがあります。 歴 史 ・1908年(明治41年)洋館および日本館の建設着工 ・1912年(明治45年)旧松本家住宅完成 戦後進駐軍に接収されるまで、 松本家の住宅および迎賓館として利用 ・接収後~1952年(昭和27年)独身将校用の宿舎となる ・1952年(昭和27年)西日本工業倶楽部の設立を受け、松本氏から同倶楽部に譲渡。 ・1972年(昭和47年)洋館・日本館が国の重要文化財に指定 ・1982年(昭和57年)2棟の蔵が国の重要文化財に指定 ・2007年(平成19年)近代化産業遺産に認定 基本情報 ・住 所 北九州市戸畑区一枝 1-4-33 ・アクセス 車:JR小倉駅から約15分 西日本工業倶楽部周辺地図 ホーム 北九州発バスツアー 環境・エコツアー 修学旅行 個人旅行 九州の観光情報 外国人旅行
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近代鉄鋼技術の父 野呂景義物語
2021/05/07
北九州歴史秘話1854年名古屋橦木町生まれ、東京大学に入学し、ドイツから招かれたCurt NETTO 教授の基で採鉱冶金学科を学び1882年に卒業し、やがて助教授になる。 1885年5月からヨーロッパに留学し、まずロンドン大学で機械工学と電気工学を 学び、1986年4月からドイツに転じ、もっぱらFreibergのLEDEBUR教授について 鉄冶金学を修めた。野呂は世界有数の鉄冶金学者であると同時に、生産現場での 豊富な技術経験を積んだLEDEBUR教授から、日本の近代化についての重要なこと を学んだ。 それは、「伝統技術のよった風土の条件を考慮することが大切であること、 そして冶金学の立証する技術条件や経済条件との相関関係のうえに立地・設備計画を 決定すべき」であること。 1889年に帰国し、帝国大学工科大学の鉄冶金の教授に就任し、1891年には鉄冶金分野では 最初の工学博士を授与された。 それから、野呂景義と製鉄所建設のかかわりが始まる。 わずか2年で閉鎖した官営釜石製鉄所 1880年(明治13年)官営釜石製鉄所が操業開始したが、 原料が近くに豊富に存在しないことや技術を全てイギリスから輸入したため、 わずか2年で閉鎖した。 釜石鉱山田中製鉄所が発足 その後1887年(明治20年)釜石鉱山田中製鉄所が発足し、 操業を開始する。 1894年(明治27年)に野呂景義が顧問として迎えられ、 日本初、コークス炉を利用した銑鉄作りが成功した。 野呂が参画した製鉄事業調査会 1995年製鉄事業調査会は発足。 政府は野呂に一刻も早い製鉄所の実現を期待した。 野呂は、そうした性急な方針には反対であった。 「新しい製鉄所を立ち上げるには、釜石製鉄所の失敗の原因を徹底的に調査する必要がある」 成功は失敗から学ぶ。これが野呂の技術者としての信念であった。 足掛け2年釜石に通い、失敗の原因として ① 不十分な原料調査 ②全て海外技術に依存 と結論づけた。 野呂の新しい製鉄所建設構想は、始めに導入する技術は小さくてよい、技術そのものよりも、 外国技術を改良したり、それぞれの長所を取り入れる力、いわば技術を生かす「技術力」を重視した。 しかし、大型製鉄所を目指す政府方針に合わず、野呂は失脚した。 その後野呂は、鉱山や製鉄所で技術指導を続ける。 東田第一高炉火入れ 1901年2月、ドイツ技術の粋を集めてつく大規模生産方式の製鉄所が操業開始。 しかし、その滑り出しは惨憺たる状況であった。 火入れの翌日1.2トン出銑したが、原料装入車の故障や断水があり、除塵機のガス爆発、 羽口の閉塞などで3日間休風(操業停止)し、炉底の溶銑が凝結した。 その後対策を行って、操業を進めるもきわめて不良、予定出銑量160トン/日に対して わずか83トン/日、銑鉄1トンに対して多量の1.7トンのコークス消費するありさまで、 銑鉄の品質は概して粗悪であった。 そしてついに1902年5月に休止した。 急遽、野呂景義が呼び出され、製鉄所立上げが始まる 野呂の門下生である製銑部長服部斬が記した操業記録と現場を徹底的に調査した。 その結果、高炉の構造、高炉装入物の配合、炉内における装入物の溶結、数度に及んだ 送風停止が原因であると指摘。 結局、操業不調の主な要因は、炉床の冷え込みと使用するコークスの品質に起因することは 明確であるとして、抜本的な改善案を提示した。 抜本的な設備改善と新しい技術の導入 炉内に突出する部分が過大過ぎた羽口構造の改善を行った。 コークス製造において、「二瀬炭に無煙炭もしくは三池炭を配合して、堅質で大塊のものを製造」 という配合技術が導入され、砕炭、洗炭など原料処理技術やコークス炉の改良が相まって 積極的な改善が進められた。 日本の技術者達は自信による高炉操業の失敗の過程を通し、外国人技術者の設計と操業指導が 必ずしも当を得たものではなかったことを明らかにした。 このように、我が国の自然的諸条件を軽視又は無視した技術の在り方が批判され、生産技術の 実際的諸経験に基づいて、野呂景義の指導のもと、東田第一高炉は可能な限り改良がおこなわれた。 再火入れ 1903年7月23日に再度火入れされ、以後操業は快調で1910年6月2日まで連続稼働し、 2140日に亘って出銑を続けた。 八幡製鐵所創業の意義 野呂景義の汗と努力が実を結び、鋼材生産高は著しく急増し、日本の国づくりに大いに 貢献することになった。 そして、これまで、八幡製鉄所が培った高炉操業技術は、世界に誇る鉄鋼生産技術と成長し、 戦後の経済発展の基盤とし、また鋼材輸出や海外への進出など著しい活躍を続ける 原動力となっている。 生みの苦しみから一世紀余を経て、母なる八幡製鉄所の創業意義は極めて偉大である。 ホーム サービス 北九州発バスツアー 環境・エコツアー 個人旅行 九州の観光情報 外国人旅行
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世界遺産ツアー 12月5日
2015年12月5日 安川電機のお客様の世界遺産ツアー テーマ:安川敬一郎の功績を辿る旅 炭鉱経営から始まり、若松港と筑豊工業鉄道をつくり、製鉄所の誘致に中心的に尽力、 その後明治専門学校をつくり、それから数々の会社を立ち上げた。 明治鉱業、安川電機、黒埼窯業、九州製鋼等 安川敬一郎の功績なしでは日本の産業発展はあり得なかった。 まさに、日本の近代産業の礎を築いた功労者。 安川敬一郎の足跡を辿りながら、北九州で世界遺産が誕生した訳を紹介しました。 行程 安川電機出発→世界遺産・旧本事務所→北九州イノベーションギャラリー→東田第一高炉 →河内貯水池→世界遺産を車窓から(旧鍛冶工場、修繕工場、旧本事務所) 西日本工業倶楽部→明治専門学校(九州工大)→洞海湾クルージング →軍艦防波堤→とと市場→安川電機解散 会社概要 企業理念 サービスのご案内 お問い合わせ 団体バス旅行 世界遺産ツアー 環境・エコツアー 研修・視察旅行 外国人向けサービス NPO法人・明治日本の産業革命遺産協議会 世界遺産物語 英語サイト(About us) 電話 093-521-8897 FAX 093-521-8898 Email info@japan-kyushu-tourist.com 〒802-0001 北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6階
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小倉北区婦人会の世界遺産ツアー 12月6日
小倉北区連合婦人会の皆さんの世界遺産ツアー 実施日 2015年12月6日 北九州を陰で牽引してきた女性群。 特に全員が歓声を上げ、そして涙を流して感動した場所が河内貯水池。 8年間の歳月をかけて完成させた東洋一のダム。 その陰には、感動する内助の功と悲しい人間ドラマがある。 その物語をたっぷり紹介しました。 【行 程】 小倉駅出発→直方市石炭記念館→堀川・寿命の唐戸→遠賀川水源地ポンプ室(世界遺産) →芦屋で昼食→とと市場で買物→旧本事務所(世界遺産)→北九州イノベーションギャラリー 東田第一高炉→河内貯水池堰堤→妻恋の碑 小倉駅解散 会社概要 企業理念 サービスのご案内 お問い合わせ 団体バス旅行 世界遺産ツアー 環境・エコツアー 研修・視察旅行 外国人向けサービス NPO法人・明治日本の産業革命遺産協議会 世界遺産物語 英語サイト(About us) 電話 093-521-8897 FAX 093-521-8898 Email info@japan-kyushu-tourist.com 〒802-0001 北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6階
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Technical visit to Kitakyushu for Malaysian customer
2016/04/10
Blog, ●Study tour results, Tour results, Study Tour ResultsType of the tour : Study tour, Technical visit Customer : Perbadanan Putrajaya, Alam Flora and Nadi Putra Country of customer : Malaysia Participant : 11 ( the top management person and engineer) Schedule : March 30 through April 2, 2016 Where to visit : Kitakyushu-city Tour conductor, guide and interpretor ; Masa Kondo, Japan KYUSHU Tourist Purpose of Technical visit to learn the Waste management technologies created in Kitakyushu-city. All the arrangement and proceeding the technical visit including tour conductor and interpreter have been done by Japan KYUSHU Tourist. ・Transportation : Chartered bus with 24seats ・English-Japanese speaking interpreter conduct the technical visit ・Accommodation: Rihga Royal Hotel Kokura Visited companies Perbadanan Putrajaya The company was established under the Perbadanan Putrajaya 1995 (Act 536) for the purpose of managing and administering the Federal Territory of Putrajaya. Perbadanan Putrajaya is also entrusted with the functions of a local authority and local planning authority by various orders and notifications. Alam Flora The company collaborates closely with 13 Local Authorities (LA) to provide public cleansing and waste management for 33 schemes zones. Nadi Putra Malaysian transportation and Travel Company. Tour result Day 1, March 30 Arrive at Kokura in Kitakyushu by the bullet train from Tokyo Dinner at Turkish Restaurant served Halal cuisines Day 2, March 31 ・Visit Kitakyushu Asian Center for Low Carbon Society Introduction of Kitakyushu …
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北九州の世界遺産ツアー 8月7日
8月7日に、北九州の世界遺産ツアーを実施し、ユネスコが評価した 日本の産業発展について紹介し、日本の素晴らしさを感じ取ってもらいました。 しかし一方で、今年にはいって、世界遺産に登録された旧本事務所の訪問者数が減ってきている。 予想はしていたが寂しい。 理由は、今回の世界遺産の価値が正しく伝えられていないためだと考える。 ユネスコは、旧本事務所の建物を評価して世界遺産に登録したのでなく、 世界中の誰もが成しえなかった急速な産業発展が評価された。 その産業発展の中心舞台が北九州であり、弊社では北九州でどのようにして 日本の産業近代化が行われたかを紹介しています。 本日は明治学園の同窓生の世界遺産ツアーで、日本の産業発展の礎をつくった安川敬一郎氏や 芳賀種義八幡村村長と関係する人も参加されていました。 歴史軸に従って、直方、堀川、遠賀川水源地ポンプ室、若松、東田第一高炉、旧本事務所、 明治学園、明治専門学校(九州工業大学)を巡りました。 そして、皆さんを含めて、多くの人達が貢献し、世界一のスピードで 産業近代化を達成したことを ユネスコが評価し、世界遺産に登録されたことを紹介しました。 これからも、真の世界遺産の価値を多くの人に伝えて行きたいと思います。 会社概要 企業理念 サービスのご案内 お問い合わせ 団体バス旅行 世界遺産ツアー 環境・エコツアー 研修・視察旅行 外国人向けサービス NPO法人・明治日本の産業革命遺産協議会 世界遺産物語 英語サイト(About us) 電話 093-521-8897 FAX 093-521-8898 Email info@japan-kyushu-tourist.com 〒802-0001 北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6階
