北九州市の世界遺産ツアー!
ユネスコが認めた、世界の誰もが成しえなかった『急速な産業発展』を
全世界に伝える、北九州の世界遺産群。
世界遺産に登録された施設を案内しながら、日本の急速な産業発展を紹介します。
①世界遺産眺望スペース ②旧鍛冶工場 ③修繕工場 ④遠賀川水源地ポンプ室
更に、近代化産業遺産の案内や産業観光も組みあわせながら、日本の産業発展について
あらゆる角度から紹介していきます。
世界遺産のことは弊社にお任せ下さい! 実体験をもとに伝える世界遺産
新日鐵時代に製鉄所の主要設備である高炉の設計から建設業務に携り、
官営八幡製鐵所創業時に技術導入したドイツのGHH社とも肩を並べて仕事をしてきた実体験も
込ながら、北九州で行われた『日本の急速な産業発展』を紹介して行きます。
1)世界遺産バスツアー(北九州発着の企画型ツアー) *外国人向けの企画も行います。
(英語でも案内可)
●東田地区
①世界遺産眺望スペース ②旧鍛冶工場 ③修繕工場 ④東田第一高炉 ⑤八幡泊地(堂山成品岸壁)
製鉄所建設時の様子、操業立上げ時の苦難、そして遺産群が現在まで見てきた、経験してきた
戦争、公害問題、更には環境未来都市・北九州になるまでの出来事を紹介します。
●関連地域
①くろがね線 ②河内貯水池 ③遠賀側水源地ポンプ室 ④堀川
日本の産業発展に貢献した遺産を巡り、先人達の苦難の取組を紹介します。
3)
洞海湾クルーズ・所要時間 1時間
・料金 55,000円 (ガイド付き)
4)世界遺産オプショナルツアー
上記3コース以外でもご要望に応じて企画することができます。
料金は内容によって異なりますのでお問合せください。 *外国人向けの企画も行います。
明治日本の産業革命遺産は、今までの世界遺産と大きく異なる。
現在までの産業発展の歴史と人々の取組を伝えなければならない。

荒神森古墳 門司城 ペリー来航

和田維四郎 安川敬一郎 野呂景義
今回の世界遺産登録に至までの理由を、古墳時代まで遡りながら現代まで、北九州の舞台で
繰り広げられた歴史と人々の営みを紹介します。 講演の概要
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お問合せ (日本語又は英語で対応します)
ジャパン九州ツーリスト(株) 福岡県知事登録旅行業 第3-688号
電話 093-521-8897 FAX 093-521-8898 Email info@japan-kyushu-tourist.com 〒802-0001 福岡県北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6階 |
先人たちの功績
北九州の産業観光
先人たちの功績
北九州の産業を創り上げ、繁栄に導いた先人たちをご紹介します。
1 鮎川 義介 Aikawa Yoshisuke 戸畑の発展に寄与し、日産コンツェルン形成
1880年、山口市で生まれ。長州藩士と、明治の元勲・井上馨の姪の長男。東京帝国大学卒業後、
芝浦製作所(後の東芝)に入社したが「日本の機械技術に独自のものはない」と渡米。鋳物会社で
当時の最新の可鍛鋳鉄製造技術を習得。帰国後1910年、29歳で北九州市戸畑区に戸畑鋳物㈱
(現・日立金属㈱)設立。資本を大衆から集めて日産自動車を始めとした日産コンツェルンを形成、
『日本資本主義の父』。戸畑漁港発展の先駆けとなる戸畑冷蔵を設立、その後の共同漁業
(後の日本水産)の下関からの移転に結びつく。
2 浅野 総一郎 Asano Soichiro 一代で関連企業50社以上の浅野財閥を築く
1848年、富山県氷見市生まれ。村医者の息子。24歳で上京して一杯一銭の水売り商から始め、
多量のコークスをセメント工場へ売り込んだことが契機となり、後にセメント事業を興し、海運業、
石炭業、港湾事業など次々と新しい事業を拡大。『明治のセメント王』と言われ、一代で関連企業
50社以上の巨大な浅野財閥を築いた。1893年浅野セメント㈱門司分工場を設立、1918年東京製鉄
㈱小倉製鉄所の経営を引受け、浅野製鋼所㈱を設立(後の住友金属工業㈱小倉製鉄所)、小倉築港
事業に関わり、地域の経済発展にも大きく貢献した。
3 安川 敬一郎 Yasukawa Keiichiro 世界のYASKAWAを一代で作り上げた実業家
1849年、福岡城下生まれ。黒田藩士の足軽で儒学者・徳永省易の四男。16歳で安川岡右衛門に
婿入り、18歳で四女の峰と結婚。藩校修猷館に学び、京都に留学。23歳で慶応義塾に入学。
帰郷後、炭坑経営に着手。好況・不況の波の中で、筑豊炭田御三家(安川、麻生、貝島)として、
政財界でも活躍。明治初期における日本工業近代化を支えた「地方の活力」の一つ、「地方財閥の
雄 安川・松本家」を一代で作った実業家。1908年明治専門学校を自己資金で開校、教育にも力を
注ぎ、現在の九州工業大学につながった。
4 松本 健次郎 Matsumoto Kenjiro 父・敬一郎とともに北九州の発展に寄与
1870年、福岡市生まれ。安川敬一郎の次男。1890年、伯父・松本潜の養子となる。2年間のアメリカ
に留学後、父・敬一郎が経営する炭坑業(のちの明治鉱業(株))に入り、父の協力者として事業を推進。
自ら貿易や電機、製鋼、窯業などの事業を興した。1918年、黒崎窯業㈱(現在の黒崎播磨㈱)設立。
明治鉱業(株)、安川電機(株)、九州製鋼(株)などに関わり、北九州の地域発展・産業振興に尽力。
1907年、父・敬一郎とともに私財を投じ、明治専門学校(現在の国立九州工業大学)設立、次代の
技術者教育・育成にも力を注いだ。
5 金子 直吉 Kaneko Naokichi 鋭い先見性を持ち、あらゆる新規事業を生み出した
1866年、土佐生まれ。土佐藩領内商家の子。丁稚奉公先で法律、経済、工学、理学などを学んだ後、
鈴木商店へ。当主が若くして亡くなった後、番頭としてその再建を担う。「これからの日本は工業である」
という、時代の先見性から製鉄、人造絹糸、酒造、製紙、交通、電力などあらゆる新規事業を生み
出す。1904年鈴木商店が門司に大里製糖所を建設し食品工業の展開を進めた。1911年大里製糖所
(直営)、日本製糖㈱大里工場、帝国麦酒㈱、大日本酒類醸造㈱などの食品工業群や鉄鋼関連企業を
設立し、北九州地区産業の発展に貢献。
6 沼田 尚徳 Numata Hisanori 当時、東洋最大級の河内貯水池建設最大の功労者
1875年、水戸市生まれ。水戸藩に代々仕えた武家の家系。1900年京都帝国大学を第一回生として
卒業、当時建設中だった官営八幡製鐵所に技手として任官。製鐵所のみならず北九州工業地帯の
基盤となる土木業を成功に導く。中でも工業用水と水道用水供給の為に北九州郊外に建設した河内
貯水池は当時東洋最大級の規模を誇り、日本を代表する近代化産業遺産の一つ。河内は当時最新の
土木技術を用い、市民公園としての機能を付与することにも腐心、デザインにもこだわっている。
安全管理でも細心の配慮をし、当時西日本最大級の難工事にも関わらず、8年の建設期間中1名の
死亡者も出しておらず、80年経った現在でも漏水やひびなども認められていない。
7 田中 熊吉 Tanaka Kumakichi 八幡製鉄所と共に生きた“高炉の神様”
1873年、佐賀県三養基郡生まれ。農家の三男。1901年、官営八幡製鐵所の職工となる。1912年
技術研修でドイツに派遣、ドイツ語を習得し貪欲に高炉技術を学ぶ。1920年八幡製鐵所の大ストライキ
時は、「溶鉱炉の火を消すな」と高炉操業を陣頭指揮し、同年八幡製鐵所初の宿老に任命。もともと
宿老は戦国時代の武士階級のひとつで、八幡製鐵所の宿老は職工としての最高の地位であり名誉。
若い頃、操業中の事故で左目の視力を失いながらも高炉の状態を音で判断できたといわれる。98歳で
亡くなる直前まで高炉の仕事を続けた。
8 岩崎 俊彌 Iwasaki Toshiya 世界最大のガラスメーカー“旭硝子”創立者 1881年、東京市神田区生まれ。父は一代で三菱財閥を築いた岩崎彌太郎の実弟、母・早苗は明治
維新の元勲、後藤象二郎の長女。ロンドン大学に留学し、3年間応用化学の研究に従事。1907年、
尼崎で旭硝子㈱を創立、ベルギーより手吹式ガラス製造技術を導入。1914年に米国よりラバース式
機械吹法を導入、北九州牧山に新鋭工場を設立。当時、誰も成しえなかった手吹円筒法による板ガラス
の国産化に成功。北九州で機械吹円筒法による板ガラスの生産を導入して一大飛躍を遂げた。現在
旭硝子㈱は、世界最大のガラスメーカー。
9 大倉 孫兵衛 Okura Magobei 衛生陶器研究でTOTO設立の基礎を創り上げた 1843年、江戸四谷生まれ。絵草紙屋二代目・大倉四郎兵衛の次男。義兄・森村市左衛門が設立した
森村組で陶器事業の日本における調達を担当。国内の既製品だけでは売上が伸びないと、海外用に
西洋式コーヒー茶碗などを森村組で生産。さらに硬質白色磁器生産のため、7年に及ぶ苦心の末に
国内原料での生産を実現。1904年日本陶器合名会社を設立し、名古屋市則武の工場を立ち上げた。
1912年、長男・和親と工場内に「製陶研究所」を設置、衛生陶器の研究を行わせ、後のTOTO設立の
基礎を作った。今日の㈱ノリタケ、日本ガイシ㈱、日本特殊陶業㈱、などわが国有数の陶器製造産業の
基礎となる。
10 大倉 和親 Okura Kazuchika 父とともに陶器産業に貢献、TOTOの初代社長
1875年、東京日本橋生まれ。大倉孫兵衛の長男。1894年慶応義塾本科を卒業。父が幹部である
森村組に入社。1904年名古屋市近郊則武に森村組が設立した日本陶器合名会社の初代社長に弱冠
29歳で就任。当初は米国輸出用のディナーセットに苦労するが、完成後「ノリタケチャイナ」のブランドを
確立。1912年製陶研究所を設け衛生陶器の製造研究、便器などを試販。1916年福岡県企救郡
(現在の北九州市小倉北区)に小倉工場を建設。1917年工場開始にあたり東洋陶器㈱として独立。
日本陶器合名会社(現ノリタケカンパニーリミッテッド)、東洋陶器(現TOTO)、日本碍子(現日本
ガイシ)を創立、初代社長となった。
11 国司 浩助 Kunishi Kosuke トロール漁船の発展に寄与し、
東洋一の戸畑漁港を建設
美家の三男。水産講習所卒業後、政府から英独両国へ派遣、トロール漁業の現場を英国で学ぶ。
帰国後は田村市郎(後の日本水産㈱創立者)の支援を得て、田村汽船漁業部設立、本格的にトロール
漁業を開始。トロール漁業の発展の基礎を作上げた。東洋一の戸畑漁港の建設、ディーゼル・トローラー
ならびに冷凍冷蔵装置を装備したトロール漁船による遠洋漁業の開拓、南氷洋における日本最初の
捕鯨工船事業の創始など、新技術導入と化学的・合理的な経営によって、
今日の水産日本の礎を築く。
高 炉
高炉は鉄鉱石から 「銑鉄」をつくる設備です。
工場見学で案内する戸畑第4高炉を紹介します。
2014年に改修工事が行われ、新しく生まれ変わった高炉です。
内容積が5,000m3で1日に10,000トン以上の銑鉄を製造することができます。
工場見学
バスを降りたら、目の前にそびえる大きな高炉の全貌を見てもらいます。
それから、鋳床に上り、真赤に溶けた銑鉄が実際にでれ来る様子を見学してもらいます。
昼夜休みなく稼働し続ける、ダイナミックな工場を肌で感じてもらいます。
高炉とは
上部から鉄鉱石とコークスが交互に挿入されて、炉内に積まれ、
下にある羽口というところから、熱風炉で熱せられた熱風が吹き込まれます。
その温度は2200~2500℃にも達します。
炉内で鉄鉱石の酸素がコークスの燃焼で発生した一酸化炭素ガスと作用して
還元され、鉄分が底に沈殿します。
その鉄は、この過程で炭素を吸収するので「銑鉄」と呼ばれます。
つまり銑鉄は高炉で作られた鉄で、炭素を1.7%以上含んでいるため
硬くて脆く、強く叩いただけで割れてしまいます。
その銑鉄はトピードカーで製鋼工場に運ばれ、転炉に入れて酸素を吹き込み精錬作業が行われます。
写真は東田高炉記念広場に展示してある、トピードカーと転炉です。

銑鉄を製鋼工場に運ぶトピードカー 酸素を吹き込み精錬する転炉
旧本事務所 世界遺産
近代化産業遺産 製鉄編
日本の近代化製鉄を担ってきた明治の遺産/旧本事務所
八幡製鉄所の創業2年前に建設された日本と西欧の建築様式を併せ持った建物。
建物内には、長官室、顧問技師室、外国人技師室などがあり、製鉄所の重要な施設でした。
1922(大正11)年までは、本事務所として使用されていましたが、その後、研究所や
検査部門などに利用されました。
1899年(明治32年)
煉瓦造二階建て
高 炉
高炉は鉄鉱石から 「銑鉄」をつくる設備です。
工場見学で案内する戸畑第4高炉を紹介します。
2014年に改修工事が行われ、新しく生まれ変わった高炉です。
内容積が5,000m3で1日に10,000トン以上の銑鉄を製造することができます。
工場見学
バスを降りたら、目の前にそびえる大きな高炉の全貌を見てもらいます。
それから、鋳床に上り、真赤に溶けた銑鉄が実際にでれ来る様子を見学してもらいます。
昼夜休みなく稼働し続ける、ダイナミックな工場を肌で感じてもらいます。
高炉とは
上部から鉄鉱石とコークスが交互に挿入されて、炉内に積まれ、
下にある羽口というところから、熱風炉で熱せられた熱風が吹き込まれます。
その温度は2200~2500℃にも達します。
炉内で鉄鉱石の酸素がコークスの燃焼で発生した一酸化炭素ガスと作用して
還元され、鉄分が底に沈殿します。
その鉄は、この過程で炭素を吸収するので「銑鉄」と呼ばれます。
つまり銑鉄は高炉で作られた鉄で、炭素を1.7%以上含んでいるため
硬くて脆く、強く叩いただけで割れてしまいます。
その銑鉄はトピードカーで製鋼工場に運ばれ、転炉に入れて酸素を吹き込み精錬作業が行われます。
写真は東田高炉記念広場に展示してある、トピードカーと転炉です。

銑鉄を製鋼工場に運ぶトピードカー 酸素を吹き込み精錬する転炉
旧本事務所 世界遺産
近代化産業遺産 製鉄編
日本の近代化製鉄を担ってきた明治の遺産/旧本事務所
八幡製鉄所の創業2年前に建設された日本と西欧の建築様式を併せ持った建物。
建物内には、長官室、顧問技師室、外国人技師室などがあり、製鉄所の重要な施設でした。
1922(大正11)年までは、本事務所として使用されていましたが、その後、研究所や
検査部門などに利用されました。
1899年(明治32年)
煉瓦造二階建て
東田第一高炉
近代化産業遺産ツアー
東田第一高炉は日本の産業近代化の聖地
世界でここだけ 高炉設備一式が完全な状態で保存されているところ
1901年(明治34年)日本の近代製鉄がここで生まれた。
多くの人々の手によって日本の産業近代化の礎がここで築かれた。
そして、日本の産業発展の道程、先人たちの功績を後世に伝えるべく
1972年(昭和47年)まで操業を続けた10代目の東田第一高炉が、
実際使われていた状態で保全され、いまも当時の息づかいが感じ取れる。
まさにここは、日本の近代製鉄の聖地です。
更に、実際に使われていた高炉設備一式が写真のように完全な形で保存されているのは
世界ひろしと言えども唯一ここだけ。

装入装置 高炉本体 出銑口 鋳床

環状管 熱風炉 弁 類 除塵器
●学びの宝庫
高炉設備が保存されているだけでなく、当時使われていた装置類や部品の展示
製鉄の歴史や人々の暮らしの歴史、公害克服の歴史に関する写真や展示物
更には、鉄作りを学ぶための写真や展示物が沢山あります。
●学びのツアー企画と案内
そんな東田第一高炉は、小学生から中学・高校生、そして工業を専門に学ぶ大学生や
あらゆる年代の人達に学びの材料を提供しているところです。
又、直接鉄鋼業に携わっている専門家の人達にとっても、貴重な学びの場です。
ジャパン九州ツーリスト株式会社では、長年世界各国の高炉建設に携わった
元製鐵マンが、皆様のご要望に応じたテーマで学びのツアーを企画し、案内しています。
【テーマの一例】
・鉄の作り方
・先人達の取組
・日本の産業発展の歴史
・公害克服の歴史
・当時の製鉄設備技術
・製鉄文化
・日本のものづくり
先ずは、電話、Eメール又はFAXで気軽にお問合せください。
|
お問合せ (日本語又は英語で対応します)
ジャパン九州ツーリスト(株) 福岡県知事登録旅行業 第3-688号
電話 093-521-8897 FAX 093-521-8898 Email info@japan-kyushu-tourist.com 〒802-0001 福岡県北九州市小倉北区浅野3-8-1 AIMビル6階 |
●遺産の裏側に隠された物語
東田第一高炉火入れ時の苦難と今日の鉄鋼の技術的基礎がどのようにしてどのようにして
築かれたか? その物語を紹介します。
・第4話 八幡製鉄所創業の意義
●東田第一高炉写真集
史跡広場内にある設備、装置、部品、掲載写真や展示物の一部を紹介します。
●当時使われていた設備・装置・部品
炉内の羽口 トピードカー 転 炉 環状管煉瓦積
●製鉄所建設の歴史
八幡村 芳賀村長 建設の様子
●東田第一高炉の歴史
●製鉄の礎を築いた先人達

安川敬一郎 野呂景義 沼田尚徳 田中熊吉
●鉄づくりについて学ぶ

高炉の設備 鉄鉱石 石 炭 コークス
●八幡製鉄所に鋼材を使った代表的な建築物

国会議事堂 ワールドトレードセンター 関門橋、新幹線 北九州市庁舎
●公害克服の歴史 ●活躍したオリンピック選手

昭和35年頃の大気汚染 現在の環境未来都市北九州 田中聡子 君原健二
●鉄ってなんだろう
●この漢字読めるかな

東田第一高炉
近代化産業遺産ツアー
東田第一高炉は日本の産業近代化の聖地
世界でここだけ 高炉設備一式が完全な状態で保存されているところ
1901年(明治34年)日本の近代製鉄がここで生まれた。
多くの人々の手によって日本の産業近代化の礎がここで築かれた。
そして、日本の産業発展の道程、先人たちの功績を後世に伝えるべく
1972年(昭和47年)まで操業を続けた10代目の東田第一高炉が、
実際使われていた状態で保全され、いまも当時の息づかいが感じ取れる。
まさにここは、日本の近代製鉄の聖地です。
更に、実際に使われていた高炉設備一式が写真のように完全な形で保存されているのは
世界ひろしと言えども唯一ここだけ。

装入装置 高炉本体 出銑口 鋳床

環状管 熱風炉 弁 類 除塵器
●学びの宝庫
高炉設備が保存されているだけでなく、当時使われていた装置類や部品の展示
製鉄の歴史や人々の暮らしの歴史、公害克服の歴史に関する写真や展示物
更には、鉄作りを学ぶための写真や展示物が沢山あります。
●学びのツアー企画と案内
そんな東田第一高炉は、小学生から中学・高校生、そして工業を専門に学ぶ大学生や
あらゆる年代の人達に学びの材料を提供しているところです。
又、直接鉄鋼業に携わっている専門家の人達にとっても、貴重な学びの場です。
ジャパン九州ツーリスト株式会社では、長年世界各国の高炉建設に携わった
元製鐵マンが、皆様のご要望に応じたテーマで学びのツアーを企画し、案内しています。
【テーマの一例】
・鉄の作り方
・先人達の取組
・日本の産業発展の歴史
・公害克服の歴史
・当時の製鉄設備技術
・製鉄文化
・日本のものづくり
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東田第一高炉火入れ時の苦難と今日の鉄鋼の技術的基礎がどのようにしてどのようにして
築かれたか? その物語を紹介します。
・第4話 八幡製鉄所創業の意義
●東田第一高炉写真集
史跡広場内にある設備、装置、部品、掲載写真や展示物の一部を紹介します。
●当時使われていた設備・装置・部品
炉内の羽口 トピードカー 転 炉 環状管煉瓦積
●製鉄所建設の歴史
八幡村 芳賀村長 建設の様子
●東田第一高炉の歴史
●製鉄の礎を築いた先人達

安川敬一郎 野呂景義 沼田尚徳 田中熊吉
●鉄づくりについて学ぶ

高炉の設備 鉄鉱石 石 炭 コークス
●八幡製鉄所に鋼材を使った代表的な建築物

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●公害克服の歴史 ●活躍したオリンピック選手

昭和35年頃の大気汚染 現在の環境未来都市北九州 田中聡子 君原健二
●鉄ってなんだろう
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ゴルフツアー ~北九州・福岡・九州~
そこで、外国のお客様にちょっと贅沢なゴルフツアーを行っています。
プレイをされないお客様に対しては、地元の観光や買い物で楽しんでいただいております。

最適のゴルフ場を提案し、手配を行います。
ゴルフをされないお客様やゴルフの中日に観光をアレンジしております。
資格を持ったプロの観光ガイドが皆様を楽しい旅にご案内します。
ガイドは英語、中国語又は韓国語で対応します。
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●その他
先ずは、E-mail 又は電話でお問合せください。
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紫川取水場ポンプ室
町中にある近代化産業遺産
小倉北区の木町にある、新日鐡住金の紫川取水場ポンプ室。
一見すると教会か倉庫のように見えてしまう建物。
1918年建設され、現在も現役で製鉄所に工業用水を供給しているポンプ室。

当初、東洋製鉄(現在の新日鐵住金戸畑地区)が1918年(大正7)年に建設、
1921年(大正10)年に同社は八幡製鐵所に経営を委託、以後、戦前・戦後にわたる
経営体制の変遷を経て現在の新日鐵住金に至る。

機械類や、取水場から戸畑地区までの送水管は更新されているが、
ポンプ室建屋は建設当時のものが使われている。
・住 所 北九州市小倉北区木町2-4-10
・取水量 最大0.552 m/Sec










